歴史的にみて、人間の記憶に関する研究は多くあるが、そのほとんどは、どうすれば効率良く記憶を向上させることができるかという記憶術の開発に目が向けらていて、記憶メカニズムをを解明しようとするものでは無かったようです。
記憶に関する研究の多くに引用されるエビングハウスの有名な研究を紹介します。「時間経過とともに忘却が起こる」という事の、その程度についての研究です。
エビングハウスの「忘却曲線」
1885年に、ドイツの心理学者エビングハウスは、当時としては画期的な記憶についての研究成果を報告しました。
そこでは、自然科学の方法を取り入れた丁寧な実験が行われており、さまざまな記憶の性質が明らかにされています。
中でも有名なのはエビングハウスの忘却曲線と呼ばれるもので、無意味音節のリストを完全に覚えた後に、19分から1ヵ月の時間間隔をおいて再び覚え治したときに(再学習をした時に)、最初に覚えた時の記憶の効果がどれだけ保持されているかを調べたものです。
保持の程度をみるために「節約率」(再学習では、最初の学習時に全て記憶するのにかかった所要時間の何%が節約されたか)という指標を用いています。
「どのくらい覚えているか」を知るために、覚えるまでにかかった時間を指標にしています。
少しややこしいのですが、覚えていない事を示すためには、覚えていない事を覚えておく必要があるのですが、これは無理です。覚えていない事を覚えていたら、それは覚えている事になってしまいます。
そこで、「再学習に時間がかかったというなら、多くの事を忘れてしまったといえる」という仮説のもと、この節約率が指標にされています。
この研究によると、完全に覚えたはずの記憶の効果も直後から急速に低下し、1日もたてば30%ほどの効果しか残らなかったようです。しかし、1ヵ月後でも20%程度の効果が保持され続け、少しずつゆっくりと低下していっています。
記憶に関する本などでは、勉強で覚えた事は、「1日で7割が失われる」というような事が言われているのを見たりしますが、その背景にあるのが、このエビングハウスの記憶研究です。
注意しなければいけないのは、記憶の中でも「無意味音節のリストを暗記するという行為」で覚えた事が、1日に7割程度失わる、という事を説明する研究です。
※ 無意味音節とは、以下のようなものです。
- イルシ
- ヨケマ
- ウトペ
そして、忘却という事を再学習にかかった時間という定義を用いて説明しています。
日常生活における、記憶にも当てはまるのか?
記憶実験の先がけとなった有名な研究ですが、ただこの研究だけを引用して忘却率を解説するような本やネット上の記事は、実験背景を無視していて、過度な一般化というミスを犯している事になります。
何かを定義しなければ、それについて調べる事は不可能ですが、実験結果からそれを考察していくさいに、その定義の事を忘れてしまいがちです。
研究結果から何かを得ようとするなら、必ず、どのように実験が行われ、何をどう定義しているのかを知らなければ間違った理解をする事になってしまいます。
記憶と忘却についての、もっとも有名なエビングハウスの「忘却曲線」の紹介でした。