シングルケース研究法

多標本実験計画とシングルケース研究法その2

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シリーズ増刊号2015シングルケース研究法シリーズ増刊号2015「シングルケース研究法」として、4記事構成で解説しています。

前回記事は、シングルケース研究法に触れる前に、一般的に用いられる多標本実験計画における推測統計学を臨床応用する際の問題点を記事にしてきました。
見返してみると少々攻撃的な印象を受けますが、前回記事の内容はシングルケース研究法が優れている部分を伝える為の前ふりとなっています。
今回の記事では、シングルケース研究法の優れている点について解説していきます。

リハビリテーションの領域の中で、そこまで複雑に考える必要のない領域もあるかと思いますが、ここでは、「理学療法士が痛み治療に関わる臨床に適応するためには適していないのでは」という、ある程度限定した領域での問題提起のように読んで頂き、また、このシリーズを読まれた理学療法士の方々のそれぞれの専門領域では、どちらに当てはまるかを考えるきっかけ程度にでもなればと思っています。

では、ここらからはシングルケース研究法について解説していきます。前回記事同様、過去の資料と区別がつくように本ブログで使用している「です・ます調」ではなく「だ・である調」とさせて頂いています。

 

シングルケース実験計画法

シングルケース実験計画法は、少数の標本を用いて推測統計学を用いない実験である。
臨床で研究を行うことを考えた場合、シングルケース研究には、多くの利点が存在する。ここからは、シングルケース研究の特徴について説明したいと思うが、まずは、混同されてしまいやすい症例報告(非実験的記述研究)との違いを説明する。

治療経過の中で、「どういった変化があったのか?」「どういった経過を歩んだのか?」といった症例報告のような形の研究を非実験的記述研究と呼ぶ。個々(少数)を対象としている点で同様だが実験では無い為、別として扱われる。小数例を客観的・科学的に深く追求する方法がシングルケース研究である。

シングルケース研究法は実験心理学領域で発展してきた。スキナーを代表するオペラント心理学による研究は多くがシングルケース研究法である。
その経緯は、心理学・行動学研究において、多標本実験計画を用いる事の難しさを克服する為に開発され発展してきた。 そして実験のしやすさと追試のしやすさが、シングルケース研究で導き出された理論が現在でも残っている理由の1つである。これらは、準実験計画の時系列デザインにあたる。

統計的処理とは異なる二次変数の制御方法が存在するが、主にグラフの目視による評価が一般的である。「グラフの目視による評価」が主観的で弱点として扱われる事があるが、目視で確認できる変化以下の変化は抽出されないというのがシングルケース研究を選択する研究者の考え方である。

シングルケース図4

左に位置する○を「被検体」とする。(実際はアニメーションになっています。)
この被検体を固有の条件を有する患者Aとした場合、患者Aに対して治療の保留期治療期を交互に繰り返す。この間、被検体の変化をみるための観察もしくは検査を繰り返し行っていく。

治療の保留期と治療期の変化の比較を固体内で行う。これは、最も代表的なデザインの反復型実験計画ABABデザインと呼ばれるものである。治療と患者の変化の因果関係を確認する事で、「患者Aの改善は治療によるもの」と結論付ける事が可能となる。

 

シングルケース研究法の特徴

  • 少数標本、対照群不要
  • 同一固体に対して何度も繰り返して測定
  • 被検体に対して施された様々な治療法についての有効性の評価が可能(効果判定)
  • 統計的処理が不必要
  • 追試を行いやすい

結果は、類似した固有の条件を有する他者にも同等の事が言える可能性を示唆する。
たったひとつのシングルケース研究による一般化は不可能だが、数多くの研究から帰納法によって一般化する事が可能となる(追試を行う)。


ここからは、シングルケース研究に出てくる用語をいくつか解説していく。

シングルケース図5

シングルケース図6

 

従属変数

「ある治療を導入すると、変化がみられるか?」と考えた場合、「その変化」を見るために測定する指標のことで、ここではNRSを選択している。操作導入による変化を的確に捉える事ができる従属変数を用いる事が重要とされている(妥当性、客観性、敏感性、現実性)。
なお、複数の個体を扱う場合でも、平均値による分析では個々の被検体が実際にはどのように反応したかについて、明確に示すことができない為、平均値を用いる事は原則禁止とされている。

 

第一基礎水準期

横軸は時間、ここでは術後日数で記載されている。
下図の術後6~8日に設けられているのが第一基礎水準期で、多標本実験計画でいうコントロール群にあたる。
独立変数の導入に先立って、実験者は基礎となる測定条件のもとで、充分な従属変数の連続した観察を行う。基礎水準期が安定していると判断されるまで期間を設ける必要がある。
安定がみられている現在の基礎水準期における測定値が、そのまま連続すると仮定し推測値とする。

 

操作導入期

第一基礎水準期によって推測値が得られれば次が操作導入期となる。多標本実験計画でいう実験群にあたる。独立変数の操作導入による従属変数の変化を、先ほどの推測値と比較する事で効果の有無をみる。この段階では、治療以外の二次変数が影響している事は否定できない。その二次変数を否定する為に設けるのが次の第二基礎水準期となる。

 

第二基礎水準期

操作導入の除去によって、従属変数が推測値に復帰もしくは近似値を示す事で、独立変数と従属変数の因果関係を確認する事ができる。
復帰が確認できれば、患者の変化は「操作による効果であって二次変数が入り込んでいる可能性は低い」と結論付ける事ができる。
この時、従属変数が撤回できない治療(例えば手術)や、撤回した後も効果が持続する治療(例えば筋力増強訓練)は、非反復型実験計画を用いるがここでは、説明を省く。

 

第二操作導入期

第二基礎水準期の後は再び、同一の操作が導入される事によって、操作の効果の再現性を確認する。可能であれば、さらに水準期と操作期を反復する事で、実験の妥当性を高めることができる。

 

分析

グラフの傾きを数値化し表現する方法も存在するが基本的には、統計処理が不要で、目視によって分析を行う、その有効性は科学的に認められているとされている。

最後にもう一度、シングルケース研究法の特徴を挙げる。

  • 少数標本、対照群不要
  • 同一固体に対して何度も繰り返して測定
  • 被検体に対して施された様々な治療法についての有効性の評価が可能(効果判定)
  • 統計的処理が不必要
  • 追試を行いやすい

(ここから加筆)
この考え方は、今までに記事にした試行錯誤法によって適刺激を探していく過程と似ています。そこでは、治療の保留期を設けていませんが、もし、適刺激が患者に変化を与えている事を証明したければ、治療保留期を設けて、症状が復帰した場合に、その第2基礎水準期(治療保留期)が安定するまで待って、そこからもう一度治療による効果があるかを確認することです。

もし、治療後に完全に症状が消えてしまった場合は、治療の効果かもしれませんし、たまたまタイミングが同時だったかもしれないという事を否定しにくくなります。

ですので、症状が完全に消える可能性のある手技・治療であるなら第1基礎水準期の期間をしっかり設けて、症状が安定している事を十分に確認しておく必要があります。

基礎水準期は、治療を行わないという事ではなく、従来の一般的な治療とする必要があります。そこで、ガイドラインなどで示されているような有酸素運動などを取り入れた特別ではない治療をやって頂き、改善しないという経過を確認した後に、特定の治療刺激を加えます。

そこで、明らかな改善が見られれば、例え症状の復帰がなくとも特定の治療と症状の変化の因果関係を説明する事ができます。

臨床場面の全てではないですが、私達が行っている痛み治療という臨床場面に反する事なく適合可能なのがシングルケース研究法だと思っています。

そして、そこで得られた知見がどのような症例(似たような症状・似たような機能障害)に、共通して言える事なのかを追試をしながら検討していけばいいのです。

(加筆おわり)

記事中にいくつか用いた画像ファイルは、私が実際に発表する際に用いたスライドの一部です。上記の「だ・である調」で記載された部分は読み原稿をもとに作成しています。「加筆」と記載された箇所以外は内容の修正は行っていません。

次の記事では、シングルケース研究の一例を提示したいと思います。今まで作成した記事とは、少し様相が異なるので読んでいて不快に思われた方は申し訳ありません。
文章が冗長にならないように、また、過去資料から引用している事をわかるように「だ・である調」で表現させて頂きました。

また、今までの記事では参考文献や引用文献は記載しない事にしていましたが、今回の記事は内容が内容ですので、参考・引用文献を記載しておきます。記事中にどの部分が引用されているかは載せていませんが、その点はどうかご容赦下さい。画像に用いられているスライドの方にのみ文献が記載されています。

    • 岩本隆茂 川俣甲子夫:シングルケース研究法 新しい実験計画とその応用

    • 竹本毅(訳):JAMA版 論理的診察の技術 エビデンスに基づく診断のノウハウ

    • 関屋昇:真に役立つ研究のデザインと統計処理

    • 日本整形外科学会 診療ガイドライン委員会:診療ガイドライン

    • 内山靖 小林武(編集):臨床評価指標入門 適用と解釈のポイント

    • 古川寿亮 山崎力(監訳):臨床のためのEBM入門 決定版 JAMAユーザーズガイド

    • 仲真紀子(編著):認知心理学

     

     

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