ここまでの記事では、「マニュアルセラピーにおけるクリニカルリーズニング」をすすめていく場面での、徹底的推論法に関する記事を中心に書いてきました。
ここでは、徹底的推論法を採用し特定の手技を選択するというクリニカルリーズニングが、一応の結果を出す事ができたとして、そこからのさらなるクリニカルリーズニングの発展について考えてみます。
また、本記事は、クリニカルリーズニングシリーズ2「代表的な4つの推論様式」の記事の3つ目にあたります。宜しければ、同シリーズの別記事も合わせてご覧下さい。
まずは、今までの記事で、試行錯誤法による手技の導入までを振り返ってみます。
- 患者の訴える症状を問診によって聴取したうえで、
- コンパラブルサインを確認し、運動学的に関連する動作・運動をチェックし疼痛誘発が可能かをみていきます。
- そして、試験的な治療をする際に、効果判定のミスを犯さないようにできる限りの丁寧さを持ってみていく、
という所までが、今迄の記事にしてきた内容です。
ここからは、徹底的推論法を用いて、「特定の手技によって十分な改善がみられた」という場面を想定して話を進めます。
特定の手技によって十分な改善がみられた場合
この場合、効果のあった特定の手技は、この患者の症状を再現する事ができたコンパラブルサインと疼痛関連動作・検査が陽性の患者に適した手技と言える可能性があるといえます。
これを繰り返し、数名の類似した患者で似たような結果が得られた場合、この手技をどういった患者に適用すべきかを経験として蓄積する事ができます。
複数の患者たちのなかに認められる共通点(最大公約数の共同綱領と言います。)を整理する事ができれば、どういった患者に適する手技かという事が言えそうです。
すると、コンパラブルサインが陰性の患者でも、いくつかの検査をやってみて特定の検査が陽性であった場合、それに対応する手技を導入する事を経験則で選択する事ができます。この経験は、とりあえずやってみる事が許される場合において十分な根拠になるものです。
また、「○○と訴える患者は○○検査に陽性である事が多い」という経験も同時に蓄積できているので、どういった検査を選択すべきかの判断もできているはずです。
ですので、症状から検査を選択する事ができ、そして検査結果から試験的な治療の選択までをスムーズに判断する事ができます。
つまり、症状のみからでも治療の導入を示唆する事ができるのです。
しかし、ここで言う症状とは、「腰痛患者」というようなざっくりとした単純な症状の事ではありません。
今迄の記事で疼痛関連動作・検査を選択していく過程で求められたのは運動学的な関連性だったはずです。先ほどの過程の中に見えない繋がりとしてあるのは運動学的な繋がりです。
ですので、まずメカニカルペインである患者だという事を前提として、「どうするとどこが痛いのか?」がここで言う症状です。
腰痛を訴える患者の中でも、「○○をした時に○○の部分が痛む」という訴え方をする患者に効果を示す可能性がある手技は○○だ。という様に手技と特定の症状を繋ぎ合わせる事ができます。
(余談ですが、症状が具体的になると、腰痛患者の中でも適合する患者は絞られていきますので、これを細分化・個別化・精緻化などと言います。別記事で解説予定です。)
この特定の症状を表す言葉を意味のある限定詞(Semantic Qualifier:SQ)といいます。新たな患者に対して、意味のある限定詞を問診で聞き出す事ができれば、根拠のある手技を導入する事ができるようになるのです。
問診時のオープンクエスチョンの中から、その特徴を抜き出す事もできますし、クローズドクエスチョンでその特徴の有無を確認する事もできます。
問診から意味のある限定詞を聞き出す。
検査・評価をすすめる上で、その進め方を「トップダウンかボトムアップか」という言葉が使われる事がありますが、あたかも推論様式の一つであるかのような表現になってしまっています。しかし、この二つは情報を得ようとした際に意図したものか、拾い上げられたものか、という違いです。
オープンクエスチョンで、たくさんある経験即のうち特定の経験則が引っ張り出されるような情報の得かたをボトムアップといい、クローズドクエスチョンによって、経験則と同様の特徴の有無をチェックしていくように尋ねるのがトップダウンといえます。
ボトムアップは難易度の高い情報収集法ですので、最初のうちは、トップダウンつまりクローズドクエスチョンによって、一つずつ自身の経験則を使える場面であるかを患者の症状と照らし合わせていく必要があります。基本的にボトムアップによる情報収集は学生や初学者には非常に難しいことです。
(トップダウンとボトムアップについては今後記事にする予定ですので、ここまでの説明で留めておきたいと思います。)
もし経験則の中で競合する仮説がたつのなら、それらを仮説演繹推論法を用いて仮説の順位付け(主仮説を実証し、副仮説を反証)することによって、採用する仮説の確からしさを確立すれば良いのです。
意味のある限定詞に戻りますが、これは、患者に関する情報を普遍的な医学用語に置き換えることをいいます。代表的なものには、他にも以下のものが挙げられます。
- 発症様式(どのようにはじめるか)
- 増悪・寛解因子
- 症状の強さと性質
- 症状の部位・放散の有無
- 随伴症状
- 時間経過(時間的特徴:間欠性、持続性、症状出現のリズム)
例えば、単に「腰が痛む」ではなく、「歩いていると痛みだし、座って5分ほど休まないと腰を伸ばす事ができなくなる、両PSIS周辺の鋭い痛み」というふうに症状を聞きだす事ができれば、意味のある限定詞が含まれた症状説明といえます。
患者の訴える症状を可能な限り具体的に聴取し、意味のある限定詞になりそうな表現にまで掘り下げるという事を、どの患者の問診時でも意識的に行う必要があります。(「問診時の具体的なやりとり」についても今後記事にする予定です。)
試行錯誤の過程で特定の疼痛関連動作・検査や、特定の手技と意味のある限定詞を繋ぎ合わせる事ができる患者が現れれば、今度は類似した患者が他にもいるかを確認していきます。
症状から特定の手技の選択までを繋ぎ合わせる事ができれば、新たな患者を担当した際の「問診から手技の選択」の過程に生かす事ができます。
意味のある限定詞を聞き出す事ができれば、例えコンパラブルサインが陰性でも、当てずっぽうではない経験即という根拠を頼りにした手技の選択ができます。そして、根拠があるのだから、たった1回の試験的な治療の反応の有無で仮説を却下する必要に迫られる事なく、ある程度の時間をかけて丁寧に効果検証を行なう事ができるようになります。
この、症状から特定の手技の導入までの流れは、「過去の症例のパターンに類似している」という経験則をクリニカルリーズニングの拠り所にしているのですが、これをパターンリーズニング(パターン推論)と呼びます。経験豊かなセラピストが、何気に用いる推論様式とされているものです。
最後に
まずは、徹底的推論法で、効果が出せたものを蓄積させ、類似した複数の患者の特徴の最大公約数を整理するという作業を繰り返します。そして得られた経験をパターンリーズニング時に用いるのです。
パターンリーズニングは、今まで出会った事がある患者像に対してのみ有効な方法です。パターンリーズニングによる推論が上手くいかない場合は、仮説演繹推論法や徹底的推論法を採用する必要があります。
このパターンリーズニングによる推論(症状から特定の検査陽性や、症状から特定の手技による改善)の的中率が、7〜8割程度まで持っていけると仮説演繹推論法を採用する際にも非常に価値のある道具になります。なぜ7〜8割かは意味がありますがこれについて別記事で説明していきたいと思います。最後まで、お読み頂きありがとうございました。
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