(前回記事との2部構成になっています。本記事は2部にあたります。)
前回の記事では、機能異常と機能障害の解説を中心に行いました。
その理由としては、「理学療法士が治療をしようとしてとった行動は、何を根拠としているのか」について解説していくためです。
2部構成となり前回記事から前置きが長くなりましたが、本記事では、その点について解説していきたいと思います。
もっともらしく聞こえる根拠
良く考えている(つもりの)理学療法士が、特定の箇所を治療しようとした時の理由として、とても聞こえが良いように(私がですが)感じるのは、運動学的に説明しながら、その場所と離れた部位を治療している時です。
例えば、腰部痛を訴える患者で考えてみます。
立位姿勢:腰椎の前弯が目立つ
検査結果:大腿直近の短縮
(読みやすい様にかなり単純な例を挙げています。)
腰椎の過度な前弯に目が行き、そこが問題ではないかと思った結果、腰椎の前弯に関わる筋肉の短縮の有無を確認する検査を実施。
結果、大腿直筋の短縮を確認。
アセスメント:大腿直筋の短縮が骨盤を前傾させ、その結果腰椎は前弯し、歩行時に痛みを呈している。
治療戦略:大腿直筋の短縮に対して、その短縮を改善させるような徒手的な介入を施す。
予測される結果:大腿直筋の伸張性が改善すれば、骨盤を過度に前傾させる因子が取り除かれ、腰椎の前弯が減少して、歩行時痛は改善するだろう。
このように説明されると、確からしく聞こえてしまいます。
この場合、前回記事で解説した事を合わせると、
機能障害:大腿直筋の短縮
という事になり、機能障害へのアプローチを実施している事になります。治療して改善したとしても、結局何を良くしたのかが分かりません。
ここで欠けていると私が思う部分は、
「そもそも腰椎の伸展によって痛みが出ていたのか?伸展ストレスを減らすと痛みは改善していたのか?」です。
さらに「腰椎の伸展によって何が痛んでいたのか?」までは、知りたくなってしまいます。
もしかしたら、腰椎の伸展ではなく、単純に骨盤前傾が問題だったかもしれないし、大腿直筋の痛みを腰に感じていたのかもしれません。
これらは、疼痛誘発検査を丁寧に行う事で整理できる部分だと思います。
痛みを誘発させて、どういった条件で痛みが出るかを詳細に見なければ、「何が機能異常か?」についての仮説を立てる事は不可能で、全ては根拠のない憶測になってしまいます。
もし、腰椎を伸展させた時の痛みかをしっかり確認していて、その痛みが何か(機能異常)を知っていれば、治療の幅は拡がります。
先ほどの例で、考えなければいけない事は、
- 過度に前傾している(ように見える)骨盤にアライメントを呈する人は、みな腰を痛がるのか?
- 過度な前傾が見られない骨盤のアライメントの人は腰を痛がる事はないのか?
- 大腿直筋の短縮(機能障害)がある人は、腰に何らかの機能異常を出現させるのか?
- 大腿直筋の短縮(機能障害)がない人は、腰の機能異常を誘発させる事はないのか?
これを答えようとすると、「場合によりけり」「その人それぞれ」という曖昧な答えから
「エビデンスとしては認められていて(認められているかは分かりませんが、例えです)、その傾向性は高い。」や、機能解剖の話をして、それっぽく聞こえるだけの、やっぱり曖昧な答えしかできないと思います。
この曖昧と言っているのは「その人には妥当か?」という事に尽きます。
場合によりけり→この人の場合はどうなのか?
エビデンスで認められている→この人の場合はどうなのか?
いずれも、この「この人の場合はどうなのか?」に答える事が出来ません。
しかし、
- 腰椎の伸展時痛を確認し、伸展強制を加えると、その負荷に応じて、ペインレスポンスがあり、腰椎の中間域での伸展方向へのストレスでは誘発しにくくなる。
- 骨盤のアライメントを微調整した上で、前傾要素を強めるとはっきりと疼痛を再現でき、弱めると誘発しにくくなる。
- これを、大腿直筋に触れながら行う事で、上記のような所見に何らかの変化が生まれる。(大腿直筋が何らかの影響を与えている。)
となると、仮説として大腿直筋が、この人の症状である腰部の伸展時痛に関与しているという事を挙げる事ができ、
短縮テストで陽性だった大腿直筋を伸張してみて、その後改善があるかで判断しよう考える事ができます。
ここまでくると、患者の歩行時の腰痛の治療として大腿直筋の伸張を行う事の説明が、先ほどの説明よりは、確からしい理由になっていると思います。
ここまでを整理すると、患者の言う腰痛と理学療法士が治療しようとしている行為までの関連付けを憶測で進めない事です。これを「仮説の仮説」と言ったりしますが、憶測という表現の方が的を得ている気がします。
骨盤が過度に前傾しているな。
↓
これでは腰椎の前弯が強くなるな。
↓
腰椎の過度な前弯が痛むのだろう。
骨盤を前傾させる要素の1つに大腿直筋がある。
↓
大腿直筋が短縮しているから、これがやっぱり原因だ。
↓
大腿直筋の短縮が骨盤を前傾させ、歩行時の痛みを誘発している。
これらは、「仮説に仮説(憶測)」を積み重ねるというリーズニングエラーの1つです。
下矢印は、下の事柄にしっかりリンクしているように見えなくもないですが、実証されていなければ、検証すらされていません。
では、どのように検証作業を進めるのでしょうか?
1.介入による即時効果
ノルディックシステムで学ばれた方たちは「鑑別検査」と言ったりします。症状の増悪(誘発)/軽減(消失)を見ながら、治療介入部位に迫っていきます。評価の結果をその場でモニターしながら変化が生まれるかをみていきます。
2.機能の左右差
多くの徒手療法学派が用いると思います。正常と思われる反対側との比較で何かしらのヒントを得ようとします。左右差と一言で言っても、他動運動による可動域の違いや自動運動や筋力などの機能的左右差(客観的な左右差)もあれば、そこには何ら左右差は存在しないが患者自身が左右差として感じる(主観的な左右差)場合まであります。
3.正常と思われるものからの逸脱
これぐらいの可動域があるはずだ。押しても本来は痛みを感じないはずだ。という前提のもと、そこで陽性となったものを異常と捉えます。
4.症状の改善
1と似ていますが、試験的治療として特定箇所に介入を行いその結果を治療前と比較します。例として前述したケースでは、この手法をとっていますが、その前に、症状の関連性を確認できていませんでした。
これらが代表的なものになるかと思います。これらの考え方は、どれが正しいか、理学療法士それぞれで意見が食い違う傾向があり、結局、絶対的なものはないと思います。
1の場合は、実際に今、目の前の反応から問題に迫っていくので、明らかな検討違いは起こりにくいように思います。SLRテストを行い陽性であった場合に「ブラガード徴候の有無」を確認を追加で行ったり、「シカールテスト(母趾の背屈)陽性の有無」の確認を追加したりするのも、この中に入るかと思います。ポジショナルリリースや神経筋テクニックと呼ばれる手技を多用するセラピストも、即時的な筋の緊張の変化をモニターしながら治療を行っています。
2に関しては、あらゆるテキストで左右差のチェックが推奨されています。David J. Mageeのテキストでは、健側を測定してから患側の検査を行う事が推奨しています。
ただし、左右差があり反対側より低い数値を示す検査結果が疼痛と関与している根拠はありませんのでそれ以降の推論が重要になります。主観的な左右差については、理学療法士が見てとれる左右差はありませんが、腰痛自体が患者の主観ですので、主観的な左右差自体が治療のヒントとなりえます。
3の場合は、「正常から逸脱しているものが原因と言えるのか?」というふうに言うセラピストでも3を治療のヒントにしている事は多くあるように感じます。例えば、Diane Leeの水銀血圧計のような物を用いた腰部の安定化筋を評価する方法では「○○mmHg以下は検査陽性」だとか、「それ以上になるとアウターを働かせている」など、正常としているものを指標にしています(最近はあまり見なくなりましたが)。他には、画像所見などで言うと、脊柱管内の狭窄率や、脊柱管の形状などが正常から逸脱している場合に、その病名が付く事に何ら違和感を感じない人がほとんどだと思います。
4の場合は、以前の記事でも解説している事です。試験的治療をしてみて、改善する反応があれば(そこが機能異常か機能障害の判断はできなくても)、そこに治療介入すべきだという「その人の治療根拠」がある程度できあがります。
これらの治療ヒントとしているものは、どれか択一にすべきというよりは、これらを総動員して、問題に迫っていくというのが正しい気がします。
それぞれがヒントにしているものには一長一短があり、絶対的な物はないと思います。
前回記事(2部構成の前編)で挙げたものも、上記の4つに加えて考慮に入れていいものと思っています。
患者の中には、自分の痛みの原因になっている部分を感覚的に知っている人がいます。
細々評価するよりも「どこを治療されたら良くなりそうですか?」と聞いてみて、「ここを押してみてほしい」という返答をされた時に、実際に患者が要求するように治療してみると良くなってしまったという事も実際にあります。
患者とのやりとりを通して、「自身の症状を明確に説明できる人」の中に、そういった能力を有する患者が多いように感じます。
Maitlandのテキストには、「患者は症状のベテラン」というような表現を用いている箇所(一字一句覚えているわけではないので、この言葉だったかは分かりません。)がありました。患者の症状は、担当した理学療法士は新人ですので、ベテランからしっかり聴けないのなら、疼痛の原因に迫っていくヒントを1つ失う事になります。
ですので、「上記に挙げた事は全てヒントになり得る事で、ならない可能性もある」としか言えないと思います。そう考えると、患者が揉んでほしいといってそれに応えた理学療法士にリーズニングがないとは言えなさそうです。
ヒントとしてはいるものは、その傾向性はありますが、何が正しいとするかは、難しいと思います。
何をヒントに治療を進めていいか分からない方は、担当している患者との関わりで、上記で挙げた事に当てはまる行為にそれぞれ当てはめながら考えてみて、欠けている部分に挑戦してみてもいいかもしれません。
もちろん、ヒントとなり得るのは、これだけではないと思いますので、興味のある方は自身で調べてみて下さい。
最後に
治療のヒントとするものは、何でも良いのかなという気がしますが、最も重要になってくる事は、記事前半で説明した「仮説の仮説(憶測」にならないように順序良く検査・評価を進める事と、
そして、その人に効果を示しているかを確認する作業を怠らない事、
この2つだと思います。
「患者が揉んでほしいと言ったから揉んでみたけど効果はない。でも、それを患者が求め続けているから継続する」というのは治療ではなくなってしまっています。
色々な考えを持って治療を行う事は重要ですが、それが「いつの間にか治療と呼べるものでなくなっていないか?」には十分に注意する必要があると思っています。
そして、治療しようとしているものが、「機能異常であると言えるのか?」についてですが、
これは可能な限り明確にできる事が望ましいと思っています。「突き詰める事が可能な範囲で」という事になりますが、これを徹底すると、症状から原因の仮説を立てるまでが早くなりますし、その機能異常を生み出す機能障害の仮説も立てやすくなり、その後の臨床を効率化していく事ができます。
ちなみに、色々、記事で好きなように書いていますが、私自身はマニュアルセラピーのスペシャリストだったり類稀な技術を持っているわけではありません。むしろ不器用な方ですので、この記事を読まれた方は勘違いなさらないようにお願いします。最後まで読んで頂きありがとうございました。