シングルケース研究法

多標本実験計画とシングルケース研究法その3

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シリーズ増刊号2015シングルケース研究法シリーズ増刊号2015「シングルケース研究法」として、4記事構成で解説しています。

今回の記事は、シングルケース研究の一例として、私が実際に全国学会で発表させて頂いたものを記事にして、解説を加えています。

前回記事では、シングルケース研究法についての解説をしました。
臨床に従事している理学療法士が、自身の臨床での知見を発表する際には非常に優れた方法です。最近のジャーナル類を見ると、シングルケース研究法や質的研究といわれる、多標本実験計画とは異なる実験・研究が論文として発表されていますが、標本数が少ないという理由で、この研究法が低く評価されてしまっているというのが現状だと思います。

実際、私がシングルケース研究法で全国学会で発表した際には、「今度は標本を集めて、統計学的に分析すると面白いかもね」といった助言を頂きました。
それも理解できる事ですが、シングルケース研究法の先にあるのが多標本実験計画ではなく、それぞれの利点を生かせる領域でその研究手法を用いるべきだと思います。

そして、「個々の患者に対する痛み治療の経過をみていく」という事において、シングルケース研究法は非常に優れた方法だと思っています。小数例を客観的・科学的に深く追求する方法がシングルケース研究なのです。

そして、私見にはなってしまいますが、それらで得られた知見も含めて行う医療がEBMではないかと思っています。

今回の記事では、以前に全国理学療法士学会で発表させて頂いた自身の研究を、ブログ用に再度書き下ろしたものを記載させて頂きます。なお、研究内容そのものは一切修正を加えていません。

今回のシリーズでは、過去の資料に関しては、それ以外と区別がつくように本ブログで使用している「です・ます調」ではなく「だ・である調」とさせて頂いています。

 

腰椎椎間板ヘルニア摘出術数日後に下肢痛が出現した患者の治療経験―神経根損傷が末梢神経におよぼす影響について―

【目的】
二重挫滅症候群(double crush syndrome)は、UptonとMaComas(1973)による「手根管症候群、肘部管症候群の患者の70%に頚椎神経根障害を合併していた」との報告に始まる。

これは、末梢神経の近位部に絞扼障害がある場合、軸索流が障害され、神経の遠位部は障害されやすくなるという仮説であり、臨床的にも認められ多くの報告が存在する。

しかし、これらは上肢末梢神経絞扼障害に報告されているのみで、下肢末梢神経障害での二重挫滅症候群を考慮した報告はほとんどみられない。

今回、腰部椎間板ヘルニアによる神経根症状を呈した症例の治療経過にて、総腓骨神経圧迫症候群と類似した症状を呈した症例の理学療法を実施する機会を得たので、シングルケーススタディとして、若干の考察を含めて報告する。

【方法】
シングルケーススタディのデザインとして反復型実験計画ABABデザインを用いた。対象は、急性発症のL4/5椎間板ヘルニアによる左L5神経根症状(神経脱落症状と腰下肢痛、異常感覚)を呈した48歳の女性である。

MRIにて巨大な脱出ヘルニアを認め、保存療法に抵抗性を示したことから、LOVE法を施された。術後から異常感覚は軽度残存するものの、腰下肢痛は消失した。

4日目から病棟歩行自立となり、その頃から歩行時に下腿近位後外側に疼痛が出現し、下腿前外側~足背~母趾背側の異常感覚が増悪した。ヘルニア再脱出が疑われ、術後5日目に左L5神経根造影検査を施したが、造影剤Stop像、注入時疼痛反応、注入後の改善ともに認めず、ヘルニアの再脱出を示唆する所見はみられなかった。術後6日目より理学療法が開始となった。

シングルケース図7

初期理学検査より、腓骨頭後方での総腓骨神経圧迫による症状と仮説し、独立変数を腓骨腹側誘導(総腓骨神経圧迫の解除)、従属変数を痛みの主観的評価法であるnumeric rating scale(以下、NRS)とした。

第一期基礎水準測定期(以下、A一期)を術後6日目から8日目とした。第一期操作導入期(以下、B一期)を術後9日目から11日目とした。

従属変数が真に独立変性によって変化したのかを明らかにする為に第二期水準測定期(以下、A二期)を術後12日目から14日目、第二期操作導入期(以下、B二期)を術後15日目から17日目と設定した(第一期AB、第二期AB、各3日計12日間)。

なお、Aでは、ホットパック、神経系モビライゼーション、下肢・体幹筋力強化訓練を、Bでは、上述の治療に加え、腓骨頭の腹側モビライゼーション及び、テープ療法による腓骨頭の腹側誘導を実施した。

ABともに治療時の原則として疼痛が出現、及び増悪しない事とし、治療後にNRSを実施した。測定結果の分析は、二分平均値法を用いた。

シングルケース図8

【結果】
B一期でのモビライゼーション及びテープ療法による腓骨頭腹側誘導を実施し、痛みの主観的評価であるNRSが改善した。第二期Bでも操作の効果に再現性が認められた。回帰直線の傾きの差は認めないものの、操作導入期(B)でNRSの低値を示した。

シングルケース図9

【考察】
まずは、内的妥当性(実験そのものの、確からしさ)について触れる。
成熟:自然治癒は第二期基礎水準期を設定することにより否定。
変動:基礎水準期の安定性を認め、各期での測定値の極端な変動はみられない、また、測定法は固体内での比較に問題なし。
盲検化:少数症例の場合、基礎水準期と操作導入期の無作為性と盲検化に関する重要性は低いとされている。
よって、本実験の内的妥当性は保たれている。

術前の詳細な評価と、ヘルニア摘出による症状の劇的な改善等からも、初期の病態は腰部椎間板ヘルニアによる神経根障害であったと思われる。しかし、術後4日目に増悪した下腿以下の症状は、神経根造影検査からも椎間板ヘルニア再発による神経根症状とは考えにくく、症状・所見も総腓骨神経圧迫症候群を示唆するものであった。

シングルケース図10
シングルケース図11
※カッコ内は追記
(事前確率として、腰痛より下肢痛を強く訴え、その部位が膝窩部より遠位である場合LDHを示唆します。本症例の術前の状態です。また、SLRTはLDHで感度の高い検査であり陰性なら除外する事ができます。術前の症状はLDHによるものであり、術後の症状はLDHによるものではないということができます。)

これは、損傷した神経根の回復を待たずして、L5神経根を含む総腓骨神経に機械的ストレスが加わった為に二重挫滅症候群に類似した臨床像を呈したものと考える。総腓骨神経の圧迫因子としていくつかの報告がある。

シングルケース図12

本調査では、腓骨頭の腹側誘導にて明らかな改善を認めた事から腓骨頭後方での総腓骨神経の圧迫症状であったと考える。腰部椎間板ヘルニアは、保存療法が選択されることが多い事からも、二重挫滅症候群の存在を考慮する必要があると思われる。

【理学療法学研究としての意義】
腰部神経根症による下肢痛を呈する症例に対して、神経学的検査やSLRTやFNSTなどに代表される神経根緊張検査に加え、各末梢神経の触診や絞扼因子を考慮した理学検査項目を追加する必要性を提示している。

(加筆)
本症例と似たような症状・兆候を示す患者に対しても同様の治療を行い症状の改善(従属変数の変化)が得られるかをみていく事で、腓骨頭の腹側モビライゼーションが有効といえる患者の特徴を臨床的に見つけ出せるものと考えられます。

(加筆おわり)


いくつか用いた画像ファイルは、私が実際に発表する際に用いたスライドの一部です。上記の「だ・である調」で記載された部分は、全国学会で発表する時の抄録提出用ファイルからブログ用に書き下ろしたものです。内容自体の修正は行っていません。

シングルケース研究法は、臨床に従事している理学療法士が、日頃の臨床で得られた経験を報告するためには非常に優れた方法だと思っています。そして、その研究手法で導き出されたものは、決して多標本実験計画に劣るものではないとも思っています。

小数例を客観的・科学的に深く追求する方法がシングルケース研究です。
ちなみに、学生時代に授業に出てきて、今でも真実であると理解している「デルマトーム」もシングルケース研究法で導き出されたものです。

今回の記事は、シングルケース研究の一例として出させて頂きましたが、この研究が本当に正しい手順でできているかは正直わかりません。
当時は色々、調べながら研究させて頂きましたが、シングルケース研究法を積極的に用いている方は周りにはいませんでした。また、統計学や研究が専門の理学療法士の先生に相談した事があるのですが、その先生もシングルケース研究法については詳しくわからないとのことでした。

このブログを読まれた方で、方法としての間違いをご指摘頂ける方は、是非宜しくお願います。今後の参考にさせて頂きたいと思います。

また、今までの記事では参考文献や引用文献は記載しない事にしていましたが、今回の記事は内容が内容ですので、参考・引用文献を記載しておきます。記事中にどの部分が引用されているかは載せていませんが、その点はどうかご容赦下さい。

    • 岩本隆茂 川俣甲子夫:シングルケース研究法 新しい実験計画とその応用

    • 竹本毅(訳):JAMA版 論理的診察の技術 エビデンスに基づく診断のノウハウ

    • 関屋昇:真に役立つ研究のデザインと統計処理

    • 日本整形外科学会 診療ガイドライン委員会:診療ガイドライン

    • 内山靖 小林武(編集):臨床評価指標入門 適用と解釈のポイント

    • 古川寿亮 山崎力(監訳):臨床のためのEBM入門 決定版 JAMAユーザーズガイド

    • 仲真紀子(編著):認知心理学

     

     

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