推論様式

1.マニュアルセラピーにおけるクリニカルリーズニングで用いる推論様式

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reasoning2クリニカルリーズニングシリーズ1の中では、試行錯誤の過程を通して、適刺激を探していくという事を書いてきました。

そこでは用いる手技の選択よりも効果判定の重要性を書いてきました。

徒手療法(マニュアルセラピー)における試行錯誤による推論は、用いる手技の選択過程の確からしさよりも、「とりあえずやってみて効果があれば、それが正しい方法といえる」という一見、当てずっぽう的にも思える思考過程です。

これはクリニカルリーズニング(臨床推論)の推論様式の一つで「徹底的推論法」と呼ばれる方法に分類されます。ここでは、それとは異なる推論様式を紹介し、この二つの違いを解説していきます。

 

当ブログは、各記事間に繋がりを持たせて書いていますので、最初の記事から読まれる事をお勧めしています。初めてご覧になられる方は、宜しければ第一回目の記事からご覧ください。第1回 投稿記事 「痛み治療の進め方 〜治療を停滞させない為に〜
また、本記事は、クリニカルリーズニングシリーズ2「代表的な4つの推論様式」の記事の1つ目にあたります。宜しければ、同シリーズの別記事も合わせてご覧下さい。

 

仮説演繹推論法について

その思考様式とは「仮説演繹推論法」と呼ばれるもので、徒手療法(マニュアルセラピー)での手技の選択のみならず、診断や機能異常の判断をする際の中心的な思考様式で、仮説を立てた上で演繹的に推論を進めていく方法です。

仮説演繹推論法は、自身の持っている仮説がいくつか存在し、競合する状態である時に有効な方法です。

例えば、腰の痛みと下肢の痺れを訴える患者(45歳、男性)の症状の原因が椎間板ヘルニアか、脊柱菅狭窄症かという判断が求められる場面を想定してみます。

この時点で、腰の痛みに下肢の痺れを伴っているという情報から、椎間板ヘルニアと脊柱菅狭窄症という二つの仮説が生成されています。この二つが競合する仮説になります。

そこからさらに、

  • 片側性で
  • 膝窩から下腿遠位、足先に痺れが出ている
    という情報が得られたとします。

この時点で、競合する仮説のどちらかを選択する事は可能でしょうか?

答えは現時点では不可能です。椎間板ヘルニアは片側性の下肢の痺れを出現させる代表的な疾患です。

ですが、脊柱菅狭窄症も下肢に痺れを出現させますし、片側だけに症状を出現させる可能性があります。年齢で判断するのも中途半端で決定的なものがありません。

脊柱菅狭窄症は下肢遠位から近位へと症状を進行させます。椎間板ヘルニアは膝より遠位の症状を出現させます。この患者の症状はどちらにも当てはまってしまいます。

ここからどちらがより可能性が高いかを検査や問診によって判断していくのですが、重要な事はどちらかの可能性を高め、もう一方の可能性を低くする検査がここで求められる検査になります。

 

例えば、SLRテストで考えてみます。

SLRテストは神経根に緊張を与え、疼痛が誘発されるかをみていくのですが、脊柱菅狭窄症では神経根の緊張サインは出ないはずなので、SLRテストが陽性であれば、脊柱菅狭窄症を却下し椎間板ヘルニアという仮説を採用する事ができます。

しかし、問題は両側性で陽性を示した場合(クロスSLRサインではなく、両側の陽性所見)です。痺れが出ない側のSLRTが陽性である場合は、痺れがある側のみ神経根緊張所見と解釈するには無理があり、ハムストリングスの硬さと解釈した方が良さそうです。

ここでは、椎間ヘルニアを否定できないし、脊柱菅狭窄症といえる追加情報は何もありません。よって、最初の状態から何も変わっていません。

逆に陰性である場合は、椎間板ヘルニアの可能性を大きく下げてくれます。

しかし、脊柱菅狭窄症の可能性を高めてくれるわけではないので、新たに脊柱菅狭窄症の可能性を高めてくれる検査・問診を行う必要があります。

ここまでを整理してみると、特定の仮説を実証する所見と、競合する仮説を反証する所見の二つを得ようとしています。

仮に「○○検査陽性」という所見が得られても、競合する仮説を反証できていなければ、特定の仮説を採用する事ができません。競合する仮説に関する検査での陰性所見とセットではじめて、いくつかの仮説の中から優劣をつけて特定の仮説を採用する事ができます。

仮説演繹推論法で、証明しようと思っている仮説を主仮説、その他の仮説を副仮説と呼び、検査と問診の状況に応じて、主仮説は入れ替わります。主仮説を実証し、副仮説が反証されれば、主仮説を採用します。この時、主仮説を反証する所見がなく、副仮説を実証する所見もないという事も同時に求められます。

ここで、注意しなければいけないのは、最初に立てた仮説自体に正解が存在しなければ、それ以降の検査・問診の過程は意味を持ちません。 ただし、立てた複数の仮説が的を得ているならば、その中での順位付けられた仮説は競合する仮説の中で、最も優れているわけですから仮説の信憑性は高いものになります。

仮説演繹推論法を用いる事で、検査や問診でどういった情報を得ようと行動しているのかをセラピスト自身で整理しやすい事が利点で、検査表の単なる穴埋めではなく、今目の前にいる患者にどういった検査法を計画すべきかを示してくれます。そして、この時に立てる仮説は、3〜7つ程度が良いとされています。

この推論様式は、徒手療法(マニュアルセラピー)の領域では、機能異常(dysfunction)の判断や、用いる手技の選択をする際に用いる事ができます。

 

手技の選択に仮説演繹推論法を用いた場合

試行錯誤(徹底的推論)法と大きな違いは、用いる方法を選択する根拠が存在することです。

主仮説を採用する根拠となるのは以下の4つです。

  • 特定の手技を選ぶべきとする主仮説実証所見+
  • 競合する他の手技を選ぶべきでないとする副仮説反証所見+
  • 特定の手技を選ぶべきではないとする主仮説反証所見-
  • 競合する他の手技を選ぶべきだとする副仮説実証所見-

これらのバランスをみて手技を選択するのです。

注意して頂きたいのは、必ず全てを揃える必要があるのではなく、立てた仮説の優劣をつける事が目的です。

ちなみに、試行錯誤法では効果判定を持ってはじめて仮説の確からしさを証明しようとしているので、効果判定をどれだけ丁寧に行ったか(トライアンギュレーションや、オリエンテーションをしっかり行う事など)が求められます。

効果がみられない場合は、その仮説を却下し、次の仮説の証明に取り組みます。

仮説演繹推論法では、採用した仮説の根拠がある程度確立されていますので、用いた手技の即時効果がみられなくても、「もうしばらくこの方法で様子をみてみる」という行動をとる事ができます。

効果判定を行いにくい場合(メカニカルペインだがコンパラブルサイン陰性の患者など)には重要となる手法です。

 

この二つの思考様式のうち、仮説演繹推論法を用いる場面を考えてみると、

試行錯誤の過程で、

  • 効果を検証する期間が比較的長期に及ぶ
  • 選択する方法にリスクを伴う
  • 費用がかかる(装具の購入など)など

これらの共通点は、「とりあえずやってみてダメだった、では困る」という場面になります。選択する方法に根拠を持つ必要がある場面で、仮説演繹推論法は力を発揮します。

しかし、とりあえずやってみる事が何ら問題ないにも関わらず、仮説演繹推論法を用いる事は、過剰推論になってしまい患者・セラピストともに、労力的にも時間対効果としても有益ではないので用いる場面には注意が必要です。

また、確からしい3〜7つ程の仮説を立てる能力が無ければこの推論様式は成立しません。

まずは試行錯誤法によって得られた経験や知識を蓄積し、一つの症状にいくつかの治療選択肢を挙げる事ができるようになる必要があります。

 

ここで、先に挙げた例をもう一度考えてみたいと思います。

SLRTが陰性であった場合、主仮説は脊柱菅狭窄症になっています。そこで、症状の増悪/軽減動作を問診で確認した際に、歩き続けていると増悪し座って休むと落ち着く(脊柱菅狭窄症を実証)、前屈動作では何ら問題ない(椎間板ヘルニアを反証)といった情報が得られれば、主仮説を採用する事になります。

もし、ここで試行錯誤法を採用していたなら脊柱菅狭窄症を治さなければ脊柱菅狭窄症であろうという仮説を採用する事ができません。この仮説演繹推論法を手技の選択時にも採用すれば、手技の選択理由に根拠を持たせる事が可能となります。

 

最後に

本記事では、仮説演繹推論法の紹介をしましたが、紹介するにあたって取り上げた例が診断における過程ですので、手技の選択時での使用方法としてはイメージしにくかったかもしれません。説明のしやすさを優先させて、診断における過程を取り上げさせて頂きました。

今後、手技の選択における例を取り上げて説明を加えたいと思います。

今までに挙げた徹底的推論法としての試行錯誤法にも、この仮説演繹法にも、利点と欠点があります。上手く使いわけながら臨床での問題に取り組んでいくべきだと思っています。

また思考様式には他にもありますのでそれらの説明も今後記事にしていきたいと思います。長々となってしまいましたが、最後まで読んで頂きありがとうございました。

次の記事→ 2.「試行錯誤推論法によるクリニカルリーズニング」の再考

 

 

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