「ウェルホームドゴール」は、「よく形成された目標」と訳され、心理療法のなかの短期療法の1つであるソリーションフォーカスドアプローチ(以下SFA)に出てくる言葉です。
クリニカルリーズニング関連の用語や、徒手療法の用語としては出てきませんし、本来の使い方とはやや異なりますが、これを痛みを対象にした治療(理学療法や徒手療法)のヒントにする事によって、そのゴール設定の仕方を工夫する事ができると思っています。
「よく形成された目標」を設定する為のやりとり
SFAで言う所のウェルホームドゴールの特徴としては、肯定的な表現であること、無理な目標でないこと、具体的であること、目標を達成した時のことを実際に自分自身でイメージできること、が挙げられます。(詳しく知りたい方は、ソリューションフォーカスドアプローチで調べてみて下さい。)
本記事ではそのウェルホームドゴールを私なりの解釈で「痛み治療の目標」に当てはめて考えたものになってしまいますが、以下に説明させて頂きます。本来のSFAでの使い方とは異なりますので「ウェルホームドゴール」とはせずに、「よく形成された目標」という言葉を使用しています。 まずは、やってしまいがちな目標設定を挙げます。
- 今より少しでも良くなるようにする。
- 症状をゼロにする。
- 目標について話し合わない。
これらは一見、普通にありがちな事だと思います。これらの目標の特徴は具体性がないことです。「少しでも」と言うこの言葉にはどこまでかという範囲を曖昧にしてしまいます。
また、ゼロにするというのは前記事でも触れましたが日常生活を送っている以上何かしらの痛みは誰でも感じえます。日常生活上さしつかえない症状までも治療対象に含めてしまう可能性があり、果てしない目標になってしまっている場合があります。
(患者は治療を受ける事によって、痛みについては非常に敏感に反応しがちです。ちょっとした違和感が今までは何ともなかったのに、治療を受けた経験によって、全てが治療対象になってしまう傾向があると思います。これらについては、前記事で説明させて頂きました。)
上記のような目標は、結局のところ何に向かっているのかがわかりません。また、目標設定を行わない場合は無意識的に1か2の目標になってしまっている事が多いかと思います。 では、私の解釈のもと「よく形成された目標」とするものを以下に挙げてみます。
- 「朝起きて、すぐに起き上がり、仕事の準備ができるようになる。今まで、何の問題もなくできていた事ができるようになる。」
- 「痛み止めを飲みながらなんとか家事をしているが、痛み止めに頼らずに一日の家事を終える事ができるようになる。」
これらは個別事例ですので、それぞれの患者で内容は変わってきます。しかし、共通する事は目標としている事が明確で、「もう十分に良くなった」と判断できる状態が患者とセラピストで共有できる事です。
また、痛みがどうかではなく、良い状態とは何か、つまり痛みそのものが相手ではなく、患者の実生活に照らし合せた上で痛みが十分に改善したと思える状態が何かを目標に設定しているのです。
そこで、これを聞き出す為の質問ですが、私は以下のように患者に問いかけます。
「あなたが、もう病院へ来なくても大丈夫と思える状態を教えて下さい。」
この質問に対する返答が、先ほど挙げた各々の「よく形成された目標」の部分に繋がっていくのですが、この質問に最初は困惑するか、「痛みがなくなる事」や「少しでも良くなればいいかな」など冒頭で挙げた目標を言う場合がほとんどですので、そのまま以下のように続けます。
「痛み自体は、日常感じえる普通の事です。問題なのは痛みで何かが出来なくなる事や、やりにくくなる事、そして、そういった事態がいつかまた来るのではないかという不安にかられる事だと思うのですが、如何ですか?」
痛みのメカニズムの仮説について丁寧に話す事よりも、痛み自体は大した問題ではなく、あなた自身が病院(整形外科や治療院など)を頼らないといけなくなっているこの状態が問題だという事を丁寧に伝える事に時間をさくべきだと思っています。(痛みのメカニズムについて話す事自体は、とても大きな意義があるのですが、それについては今後記事にする予定です。)
そして改めて患者に聞きます。
「痛みは生活上のどういった事に強い影響を与えていますか?」
「今の生活状態から考えて、何ができるようになった時に、もう痛みのせいで制限されなくなっているなと思えますか?」
これらの質問から具体的な疼痛関連動作を聞く事ができれば、以下のように続けます。
「あなたがおっしゃった、○○という状態を目標に治療をすすめ、そして、もしまた痛くなったとしてもどういう風にすれば対処できるかという所までお伝えできるようにと考えているのですが、如何ですか?」
患者から同意が得られれば、このやりとりは一旦終了しますが、患者は治療の経過を通して冒頭に挙げた目標に戻りかけようとするので、目標がブレないようにこのやりとりを必要に応じて繰り返す必要はあるかもしれません。
痛みを改善するために、痛みに固執しない目標を立てた上で検査・治療を進行させる事で、患者のセルフエフィカシーの向上とペインコーピングスキルの獲得を目指して治療をすすめていく事ができると思います。
ちなみに、患者の言う具体的な動作がコンパラブルサインになり得る動作の1つです。それを、セラピストの前で見せる事ができればコンパラブルサイン陽生となります。コンパラブルサインが陽性の患者は、症状のベースラインをしっかりと患者と共有した上で以前の記事で説明したように適刺激を探していく検証作業に入ることができます。
最初から、特別なやりとりをせずに「洗面する時など、前かがみの姿勢をとった時の腰の痛みをなくしたい」等というような具体的な目標を患者自身で言える場合は、「腰の事を気にせず洗面する事ができた時が治療に通う必要がなくなる時ですね。そして、その状態を維持するための方法まで練習できるように治療をすすめていきましょう。」と答える事ができると思います。
メカニカルペインではない可能性が高い場合、このやりとりではなかなか上手くいかないと思います。やりとりが上手くいくか否かが、メカニカルペインであるか否かの判断の1つになると思います。例えば、「何ができないとかではなくて、痛みが常にあるんだ。できないという事は何もない(もしくは、何もできない)。痛みがある事自体に困っているんだ。」と話す患者(メカニカルペインの特徴を有していません。)です。
この場合、本当にそうなのかを確認していく作業が必要になりますが対応手段はもう少し複雑になってきますので、この先は今のところ予定している記事が完成次第とりあげられたらと思います。 現時点での記事(過去記事を含め)はメカニカルペインであるという前提で話しをすすめてきています。
まずは、よく形成された目標設定を行える状態の患者をセラピスト側のやりとりのせいで、こぼれ落としてしまわないようにするための具体的な方法を書いてきました。 明確な目標に向かう事ができる患者を、痛みをゼロにするという漠然とした目標にしてしまわないように注意するだけで、未然に治療を停滞させにくくする事ができると思います。
「ゴール設定をどう組み立てていくか」という事もクリニカルリーズニングの重要な部分です。そして、それを一緒に組み立てていくのも技術の1つだと思います。徒手療法に限らず、問題を解決していく手助けをする立場になった場合にも共通する部分だと思います。
稚拙な文章で長々となってしまいましたが、最後まで読んで頂いたみなさま、本当にありがとうございます。
「ゴール設定」については、別でシリーズを設けています。