クリニカルリーズニングで用いられる多分岐型推論法は、フローチャートで示されるような、任意の症状や兆候の有無で、特定の手技の選択をしたり、疼痛の原因と思われるもの(機能異常)を判断する際の意思決定をしたりするために作られた簡潔な分岐図に示す事ができる意思決定までの推論過程をいいます。
また、本記事は、クリニカルリーズニングシリーズ2「代表的な4つの推論様式」の記事の4つ目にあたります。宜しければ、同シリーズの別記事も合わせてご覧下さい。
多分岐型推論法の特徴
一つの質問に対する正誤によって判断を進めて、その後どういった行動をとるかを決めるシンプルさに、そのメリットがあります。
これを狭い範囲ではなく広い範囲で使ってしまうと、このメリットが仇となる場合があります。
例えば、腰痛患者のうち、伸展型と屈曲型にわけて、そこから分岐していくものを時々見かけますが、臨床で判断の手助けになるのはごく一部の患者です。
屈曲しても伸展しても痛い。もしくはどちらでも痛くない。また、どちらかに当てはまっても、さらに回旋時痛を伴う患者もいれば側屈時痛を伴う患者もいます。
同じ屈曲型に分類されるものでも、屈曲相の初期、可動域内、最終域、復位時に症状が出るなど同じ屈曲型をとっても違いがあります。屈曲後に伸展を加えた時だけに症状を訴える場合は、屈曲型とも伸展型とも言えなくなってしまいます。
これが、座位でやった場合、立位でやった場合などでの違いもあるはずなのに、全てを屈曲型とひとくくりにされてしまいます。複雑さを挙げるときりがありません。
これらを分けるべきと言い切れないにしても、まとめて一括りにしても良いものかという疑問が出てこないでしょうか?
多分岐型推論法は複雑な思考過程を単純化するものではありません
上記のような複雑な臨床場面を多分岐型推論法に当てはめようとすると凄く複雑なフローチャートになり、この推論法のシンプルさを生かせないし、それを無視するとクリニカルリーズニングの幅を狭めてしまい、適切な推論ではなくなってしまいます。
また、一つの判断に用いる材料となるのが、たった一つの症状・兆候で決められてしまうため、意思決定の確からしさを確立できません。だからと言って、一つにしなければこの方法のメリットを生かせません。
上記のような場合は、仮説演繹型推論法を採用すべきです。(以前の記事「マニュアルセラピーにおけるクリニカルリーズニングで用いる推論」でも触れましたが、詳しくは、本記事以降で、仮説演繹型推論について改めて説明する予定です。)
では、多分岐型推論法はどこで用いられるものでしょうか?
狭い範囲まで絞り込んでいった先にあるのが、多分岐型推論法が活躍できる場面だと私は思っています。
パターンリーズニングは、過去に治療が成功した患者の中からの最大公約数の共同綱領を整理したものですが、この患者群の中でも、「○○といった症状や兆候がある患者には、手技のバリエーションとして○○を考慮する」といったものを多分岐型(フローチャート)に整理しておくのです。
パターンを細分化しすぎると、パターンリーズニングの利点を生かせません。ある程度のパターンにまで整理した後に、細分化を多分岐型推論法に任せるのです。
前記事でボトムアップによるパターン推論法は難しいと触れましたが、パターンリーズニングは本来は、患者の訴える症状を確認した際にセラピストが無意識的に気づき、「これは以前にみた事がある症状で、○○という治療が効果を示す事が多いぞ」とボトムアップによって、経験則が引っ張り出されるものです。
細分化しすぎると、ボトムアップで引っ張り出される事なく、たくさんの経験を整理できずに、埋もれてしまいます。
(最初の段階はトップダウンで、パターンリーズニングの適合性を必ずチェックする事が良いという趣旨の内容を前記事「徹底的推論法(試行錯誤法)によるクリニカルリーズニングの発展」で説明しています。しかし、ここであげたように最終的には、経験則がボトムアップされる事が理想的と考えています。)
ですので、症状から検査や治療を選択するまでの展開をボトムアップされやすいようにシンプルにしておく必要があります。そして、そのシンプルなものに、必要に応じて細分化・精緻化を加えるのです。
ですので、腰痛患者を対象とした多分岐型のフローチャートを作成するのでなく、自身の持っている整理されたパターンに対して多分岐型のフローチャートを作成するのです。
「腰の不安定性があるねー」なんて事を何気に口にする事があると思いますが、この「機能障害として不安定性がある」という判断が、パターンリーズニングで導き出されたものであるとします。しかし、不安定性があるとする患者がみな同じ症状で、同様の治療で、同様の結果を出す事ができるでしょうか?
よく言われるような、腹横筋エクササイズで解決する問題もあれば(少数だと思いますが)、他の安定化に働く筋群を同時にエクササイズに組み込む必要がある患者もいるし、安定化訓練と言われるものを行う前にリラクゼーションに分類されるような治療介入を行ってから安定化訓練に入る必要がある患者もいるはずです。
荷重位で行うのと、非荷重位で行うのには、明らかな差がある患者もいれば、ほとんど影響を受けない患者もいます。特別な声かけを加えるなどの、運動学的・生体力学的な要素以外に考慮しなければならない患者もいます。
これらを、同じ不安定性があるというパターンの中でさらに、どういった症状・兆候が組み合わさるとオプションを付け加える必要があるのかを多分岐型推論法によって細分化するのです。
これらの細分化は、程度によってはシンプルさが損なわれるかもしれませんが、最初に上げた腰痛患者というざっくりとしたものを細分化する事とは、クリニカルリーズニングのレベルが違います。
あくまでも、自身の推論能力を最大限に発揮するためであって、世の中の全ての腰痛を整理・分類しようとしているのではありません。
気をつけなければならないのは、レッドフラッグではない腰痛は原因不明の予後良好な疼痛症候群です。未知な領域がありますし、病院に来る理由も、セルフエフィカシーとペインコーピングスキルが関わった複合的な症状です。完璧とされるような分類は結局やりようがありません。
多分岐型推論法の注意点
最初にも挙げたように、腰痛患者というざっくりとしたものをみていく場合は、いくつかの確からしい仮説をたてて仮説演繹推論法によって、実証所見と反証所見を整理しながら判断していく事が重要になります。
もし、その場面で人から教わった・マネをした多分岐型推論法を選択してしまうと、その先にクリニカルリーズニングの発展はありません。
多分岐型推論法に純粋に従ったとする場合、腰を反って痛みがあれば、このたった一つの所見だけで伸展型腰痛という判断が下され、後はそれ以降の分岐のどこかに答えを求めるのみです。
よく多分岐型推論法に使用されそうな腰痛治療のフローチャートを作成しているものをみかけますが、これらは私がみてきたものに限定しての事ですが、大部分の説明を諦めてシンプルに伝える事のみに専念したものであるか、臨床で患者をみていない大学の教授が机上の理論で作成したものである場合が多いです。
前者の場合は、初学者に理解しやすいように整理して伝えるためには意味がありますが、臨床の複雑さを無視しています。後者の場合は、学術的に整理されただけで、ほとんど臨床的な価値を持たず(返って誤解を生む)、臨床を映し出していないものであると思います。
そうでなければ、仮説演繹推論法のたった一つの実証所見を判断の材料にするという、不十分な仮説演繹推論法の一例を示すようなフローチャートになっていると感じます。
そして、それらのフローチャートに従って、臨床での起きる問題を解決できていたかを考えれば、そうではなかったはずです。単に、思考負担の軽減が図れている(適切なクリニカルリーズニングを実施していない)だけの場合が多いように感じます。
最初に説明した多分岐型推論法を用いる場面を間違えると返ってクリニカルリーズニングの幅を狭めてしまうというのがこれにあたります。
まとめ
多分岐型推論法の特徴と採用場面を稚拙な文章で説明させて頂きました。推論様式としてまず重要になるのは徹底的推論法と仮説演繹推論法が軸となると思っています。
そこから積み上げた経験がパターンかされ、パターンの中から精緻化・細分化されて、より各々の患者に合った治療選択を少ない思考負担で行えるようになるのです。
不十分ではあると承知の上で、代表的な4つの推論様式を一通り解説させて頂きました。最後まで読んで頂きありがとうございました。