ネット版 勉強会(症例報告、ケーススタディー)

症例報告④ 「腰椎椎間板ヘルニア患者に対する筋膜リリースを用いた治療の正当性を考える」

更新日:

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ネット版 PT-OT勉強会の主催者である私も、1つ症例報告をさせて頂きます。

私自身は徒手療法のスペシャリストでも何でもありませんが、徒手療法を扱う療法士の1人です。この徒手療法が魔術のように扱われたり、逆にそういった状況から徒手療法を学ぶ事を毛嫌されたりするのを感じる事があります。また、学生や新人の療法士が徒手療法というものを「特別な技」と考えて憧れを持っているのも見てきました。

こういった状況に対して、私自身は、魔術じみた特殊な治療技術ではないと思っていて、それをどう健全に用いていくかの考え方や、それを効果的に用いるための推論がしっかりしていれば自身の臨床の幅を広げてくれるものと思っています。

しかし、徒手療法を用いて治療にあたる際には、それを行っても良い状態かの確認が中途半端なまま治療にあたると、良かれと思って行った治療行為が見当違いだったり、逆にリスクを高める可能性すらあります。

ですので、今回の症例報告では、療法士が機能的な治療にあたる際の、「しっかりと疾病をみて、そして現象をみる事」の重要性を伝える内容になればと思っています。では、「腰椎椎間板ヘルニア患者に対する筋膜リリースを用いた治療の正当性を考える」を発表させて頂きます。

 


「腰椎椎間板ヘルニア患者に対する筋膜リリースを用いた治療の正当性を考える」
棚原 孝志

腰椎椎間板ヘルニアは外来理学療法での腰痛治療場面において、かなり多く診る疾患だと思います。
腰椎椎間板ヘルニアの病態(詳細な解説は割愛します)は、椎間板変性・椎間板脱出によって神経根を圧迫(炎症を惹起)して腰下肢痛を呈しているはずなのに、その構造(病態)とは無関係と思われる部位に対する、徒手的な介入によって症状を改善させる事ができる事があります。

この、一見矛盾した臨床結果について、ここでは「筋膜リリースを用いた治療によって改善した症例」を呈示し、自身の見解を述べさせて頂きます。

症例紹介

全体像:
歩行速度は遅く、慎重に歩いている。歩行や着座でも同様に緩慢な動作、表情は暗く、みるからに痛みが酷くてつらそう。
主訴:腰痛(腰痛により休職中)
年齢:30代後半
性別:女性
職業:事務(デスクワーク中心)
来院までの経過:
会社の倉庫の荷物整理があり、重い荷物の積み下ろしを数時間行った。その時に軽度の腰痛を自覚したが作業は遂行可能。翌日、起き上がれないほど強い腰痛と両下肢痛を自覚。その日は自宅療養し、2日後には、ゆっくりと動けばなんとか体動可能となり他院受診。消炎鎮痛薬を処方されるが、回復が思わしくなかったため当院受診。

 

診断名

腰椎椎間板ヘルニア

検査所見(Dr. ※カルテより)

SLRT 60+/60+
神経学的所見 異常所見(-)
TA 5/5
gastro 5/5
EHL 5/5
FHL 5/5
DTR np/np

画像所見(MRI)
L4/5disc bulging(+)

 

初回リハビリ時の状態

全体像にあるように、かなり緩慢な動きで、さらに「座っているのも立っているのも辛い」と話す。また、背臥位を持続的にとる事も困難であったため、最も楽な姿勢と話す側臥位で初回面接(問診)を開始した。
以下、問診時に得られた情報と初回の理学所見

疼痛部位

腰部骨盤帯(広範囲)、両大腿部の後面と外側面

症例報告 症状部位ボディチャート

疼痛動作

  • あらゆる動作で疼痛の増悪
  • くしゃみ、咳で疼痛の増悪
  • 立位姿勢の持続、座位姿勢の持続、寝返り・起き上がりなどの体動時痛、背臥位姿勢の持続
  • 同一姿勢の持続時間は30秒~60秒程度で、本人から「きつくなってきた」と訴える。

理学所見

  • 感覚障害(-)
  • SLRT 60+/60+
  • Crss-SLR-sign(-)

SLRテスト:挙上初期で、すでに軽度の腰部痛の訴えあり、そこから60°まではゆっくりであれば挙上可能(軽度の防御性収縮(+))。60°で本人から「もう無理です。」という訴えによって検査終了。防御性収縮がみられているため開始肢位へ戻る際もゆっくりと行う状態。再現した疼痛が、検査終了後もしばらく(1-2分)継続。
左右ともに同様の痛みの訴えがあり、セラピスト・患者ともに主観的な明らかな左右差(-)。

レッドフラッグサイン(-)、MRIでその他の重篤な疾患を疑う所見(-)

臨床的な疼痛の状態は、イリタビリティー(+)、センシティビティー(+)、セビリティー(+)

※ 疼痛に対する恐れが強く、仮に疼痛検査を実施できたとしても、痛みの増減の状態を適切に治療者へ伝えられないと判断(動作検査時に何をやっても陽性と出てしまう。)し、詳細な疼痛検査を実行する意義はないと考え、実施しなかった。

 

ここまでの考察

腰痛症状が重度の若い女性で、腰椎椎間板ヘルニアと診断された患者であり、年齢と経過(発症起点)からは椎間板ヘルニアがcommon diseaseではあるが、椎間板ヘルニアを強く疑う検査所見はみられていない。

レッドフラッグサイン(-)、MRIでその他の重篤な疾患を疑う所見(-)のため、予後に基づくアプローチの重要性は高くない状態と判断した。

診断の過程として、椎間板ヘルニアを疑っているが、椎間板ヘルニアという決定的な所見は得られていないため、リハビリによる保存療法で経過をみようとしている段階と判断。

つまり、蓋然性に基づくアプローチについては、構造障害によって説明のつかない所見を呈しているため腰椎椎間板ヘルニアを確定できていないが、仮説内の可能性の高さから腰椎椎間板ヘルニアと診断されており、機能的な問題による腰下肢痛症状の可能性が相対的に上がっている状態と判断した。

臨床的な疼痛の状態から、徒手的な介入の際に安易な疼痛再現(疼痛誘発検査)に注意が必要な状態と判断し、細かな機能的な検査は非実施で、機能的な問題による腰下肢痛症状を実証する所見そのものはなし。

SLRTと実際の動作時痛をプレ・ポストテストに採用し、筋膜リリース(治療プログラムを参照)を用いた介入を初期治療として実施する事とした。

機能的な腰下肢痛の実証については、実際に治療にあたってみて、ポストテストの結果が改善を示す所見を得ることで実証できるものと考えた。(実用性に基づくアプローチに当たる)

治療プログラム

用いた治療手技:筋膜リリース

経験上、治療適応が広いと確認している手技を優先的に用いると同時に、安全に物理的刺激を加える事ができる手技と判断したために選択。

※手技の細かい選択については、多分岐型推論法によって選択されていますが、その詳細については、今回のメインテーマから外れるため割愛します。

実際の治療→参考資料(リンク)
「腰下肢痛を訴える患者に対して行った筋膜リリースの解説」
筋膜リリース閉脚制限2
※ 掲載した写真に誤りがありました。訂正しています。大変申し訳ありませんでした。

 

初回治療直後(ポストテスト)

SLRT:80/80

ベッド上の寝返り(側臥位⇔背臥位) 疼痛の軽減(+) NRS10→5
ベッドからの起き上がり 著変(-)
ベッド端座位から立ち上がり 疼痛の軽減(+) NRS10→5
歩行 疼痛の軽減(+) NRS10→5
※ 上記の全動作で、動作の緩慢さの改善(+)

治療後の疼痛軽減の有無は、動作の緩慢さが明らかに改善され、本症例の主観的な疼痛の軽減もみられている。NRS10→5とあるが、ここで重要な事は、数値そのものというよりも、「まだ痛みはあるが、明らかに良くなってはいる。」という表現として解釈できること。

2回目の治療開始時の面接

(前回治療後からの経過についての患者説明)
「治療後から症状は楽になった。痛みはかなり残っているけど、以前と比べるととても動きやすくなっている。」

2回目の治療

前回の治療が有効に作用したと判断した。治療内容を変更する事はせず、プレテストを確認した後、前回治療を再度実施。また、詳細な疼痛検査はここでも非実施。

2回目~4回目

治療効果は持続し、治療を追うごとに症状の改善がみられたため、手技そのものを変更する事なく、継続して行い、動作の緩慢さは消失。3回目の治療時に患者自身で行える範囲で同様の手技をセルフエクササイズとして導入した。

5回目

本人から「もう完全に以前の状態に戻っている」と説明あり。

6回目

症状の再発はなく、治療開始時に、本症例から復職したという情報を得た。これから復職のタイミングについて話し合おうと思っているところであったが、既に現場復帰したとのことで、「痛みをかばいながら、何とか仕事をしているとか、また悪くなるのではないかという不安を抱えながら仕事に当たってはいませんか?」という質問に、「もうまったく気にしていない」という返事をもらったため、治療関係終結へ向けての取り組みに移行(ハンズオンの治療は終了)する事とした。

7回目

6回目で行った治療関係終結への取り組み(自主訓練の再確認や、日常生活上、仕事上での姿勢や動作に関する患者指導)が、実際に患者の生活に落とし込めているかの確認として、自主訓練を目の前で実際に行えるのかを確認し、仕事・生活上の注意点などについては、患者本人の言葉で説明できる事を確認し終了とした。

 

まとめ

今回の発表では、腰椎椎間板ヘルニアと診断されているにも関わらず、それでも椎間板ヘルニアの病態とは直接的には関係のない組織に対する徒手療法を用いた治療の正当性を考えるために、筋膜リリースを用いて効果のみられた患者の治療経過とその時々の私自身の判断の流れを示す報告をさせて頂きました。

上記のような、一見、診断とは無関係と思われる介入の進め方は、今回の症例に限らず、療法士による痛み治療の臨床場面では多く散見されると思います。今回の発表内容について、私自身は、そういった実際の臨床でよく起こっている事の典型例だと思っています。

  1. まずは、腰椎椎間板ヘルニアと診断された患者の訴えている症状が、「まさに椎間板ヘルニアによるものと言えるかどうか?」が考慮され、
  2. 次に、評価に関する制限がないかの判断を行っています。臨床的な疼痛の状態に関して、疼痛再現を繰り返すべきではないという判断が行われました。
  3. 安全な範囲で、今得られている情報から効果がありそうだと言えそうな手技を試験的に用いて「その変化」を評価しようとしました。

1と2については、診断を覆そうとするような行為ではなく、例え、症状そのものが重度であっても、「理学療法が禁忌とはならない」という事を理学療法士自身でも確認し、重度な腰痛に対する治療実施の安全面を可能な限り考慮するためです。

3についてですが、試験的に用いた治療手技は筋膜リリースです。これは、パターンリーズニングと呼ばれる選択方法で、一見当てずっぽうに見えますが、経験則から判断するという1つの推論様式です。

そこからさらに、その選択した治療法についての、さらに細分化された自身の臨床パターン(多分岐型推論法となりますが、ここでは、その選択肢以外は示していません)を採用して実施しました。

試験的に用いた治療の結果(効果)が「有効」と考えられたため、良い反応が出続ける間は、手技を採用し続けました。効果を増大させようと、新たな手技の追加はしていません。それは、もし治療効果が持続的にみられていたとしても、用いた筋膜リリースによるものか、新たに加えた手技によるものかの判断が曖昧になり、効果検証を行う事が難しくなるためです。

即時効果がみられれば、「その物理的刺激が、症状に影響を与えた」という因果関係についての分析が非常に行いやすく、再評価の際のバイアスを注意した上で、用いる手技を最小限に留めておけば、効果の有無の判断は容易です。

この即時効果が良いか悪いかではなく、即時効果のみられる物理刺激をその後の治療関係の中でどうマネジメントしていくかを考えるべきで、後のセルフエクササイズ指導も「効果のあった物理刺激」を考慮したものです。

この手技が、全ての症状を消し去ったとは言い切れませんが、症状に良い影響を与えた事は、治療直後の反応や治療経過から考察する事が可能だと思います。

もし、本症例が臨床上重要な腰椎椎間板ヘルニアであるならば、今回行った試験的な治療は医療という視点に立った時に、見当違いの行動となってしまいます。そうならない為にも、

徒手療法に限らず機能的な治療にあたる場合は、「診断(common&critical)を考慮して治療に当たっているのか?」そして、「何かしらの検査手技・治療手技を行っても良い状態か?」を確認した後、試験的な治療を行うならプレ・ポストテストによる効果判定(即時効果の確認)を行える準備をしっかりする事が重要だと思います。

そして、即時効果に一喜一憂する事なく、その有効な物理的刺激をどうマネジメントしていくかが、徒手療法を丁寧に用いていく為の重要なポイントだと思っています。

今回の報告では、予後を考慮したアプローチ(criticalな視点)については、多くは触れていませんが、徒手療法や運動療法、物理療法をすすめていく前に、本当に危険な徴候はないかについての視点を持っておく必要があります。自身のアプローチが、「症状や病期を悪化させてしまうリスクを背負っている」という意識をもつ事が大切です。

 

補足記事(サイト内の別ページ)

※ 当サイトのクリニカルリーズニングに関する記事も宜しければどうぞ。シリーズ2では推論様式について解説しています。


症例報告④ 「腰椎椎間板ヘルニア患者に対する筋膜リリースを用いた治療の正当性を考える」を最後まで読んで頂き有難うございました。御質問は、以下のコメント欄より受け付けています。また、ここで使用している用語や考え方は、当サイト別記事でも解説していますので宜しければ、合わせて読んで頂ければと思います。(もちろん、読まずに質問して頂いて構いません)

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