この記事は、運動器フォーラム2016の2つ目の演題、「非特異的腰痛と徒手療法と臨床推論」で使用されたスライドと、その時に説明を行った内容についてをブログ用に書き起こしたものです。また、読み返しながら、追記した方が良いなと感じた部分には、発表時に話していない内容も載せています。
また、発表の流れに沿って記事にしていますが、全てをこのページのみで説明しようとすると、長くなりすぎるのと画像が多すぎて重くなってしまうので、何部構成かに分けて、記事にしていきます。こちらから読まれた方は、第1部「痛み治療において重要だと思う事。」から読むことをオススメします。
では、前回の続きから開始させて頂きます。
診断的トリアージ(レッドフラッグサインとグリーンライト)
大事故・災害などで同時に多数の患者が出た時に、手当ての緊急度に従って優先順をつけることをトリアージと言いますが、腰痛治療場面での意味合いは、腰痛患者の初診時の大まかな診断に関する方向付けです。
- レッドフラッグサインは、生命の存続や、大きな機能損失に繋がる可能性を持つ患者、
- イエローフラッグサインは、腰痛を慢性化させてしまう心理的背景を持っている患者、
- グリーンライトが、いわゆる非特異的腰痛が分類されている予後良好な腰痛患者となります。
腰痛を評価していくためには、現時点での症状を患者と療法士で共通認識にしている事が望ましく、そのためにも疼痛再現テストは重要です。(この点については前回投稿で解説しています。)
しかし、生命の存続や、見逃せば大きな機能損失の可能が潜んでいる患者(レッドフラッグを示している患者)に疼痛再現テストを繰り返す事は、非常に危険な行動をとっているという事になります。
治すどころか、取り返しのつかない医療ミスを犯してしまう危険性があります。
非特異的腰痛はあくまで除外診断で、このレッドフラッグを除外してはじめて、それ以降の疼痛誘発などの検査が許されます。
腰痛患者の基本的なレッドフラッグサインがこのようなものになります。(注意:個別の疾患に当てはまるレッドフラッグサインもあります。ここでは解説していません。)
これらの患者の場合は、より丁寧に、非特異的腰痛であるというための除外診断が必要となります。
理学療法士が行える行動としては、画像(レントゲン・MRI)、検査データを確認する事と丁寧な神経学的所見を得ることになるかと思います。また、主治医への確認をとることなどが他の患者の場合よりも重要な患者という事になります。
では、ここから実際にあった事例を呈示します。
入院病棟で、私の担当ではありませんでしたが、担当療法士から「腰痛を訴えて、リハ拒否がかなり強いから一緒にみてほしい。」という相談を受けました。
入院目的は回復期での脳血管リハで、自宅復帰を目指して運動療法を積極的に進めているという状態でした。
特に訴えていたのが、「寝返りするのも痛い。」というものでした。
では、この痛みの原因を探るために、疼痛検査は実施しても良いでしょうか?
「とりあえず疼痛誘発が許される状態」ですが、レッドフラッグが陰性、もしくは陽性であっても考慮すべき疾患を除外できている場合のいずれかとなります。
本症例は、いくつかの点でレッドフラッグ陽性を示しています。
ですので、安易な疼痛誘発検査は行うべきではありません。
診断をすすめる上で、可能性・予後・実用性という視点で推論を展開する必要があるのですが、
全てを説明しようとすると、この時間では到底不可能なので、ここでは、本症例の場合、もっとも考慮すべき「圧迫骨折(蓋然性に基づくアプローチ)」に絞って考えてみます。
中野医師の研究(※ 研究論文を紹介予定です。少々お待ち下さい。)では、圧迫骨折の発症初期の特徴として、起き上がりと同等に「寝返りが痛い」という訴えがあるが、起きてしまえばそこまで痛みはないという報告があります。
もともと強い腰痛を訴えていない患者が、何らかの運動や転倒の後に腰痛を訴えるようになり、それが寝返り程度の比較的負荷のすくない体動でも、それが困難なほど疼痛を訴える場合は、強く「圧迫骨折の存在」「圧迫骨折の増悪」を考慮する必要があります。
ここから、主治医に報告してレントゲンやMRIの依頼をするなどの行動もあるのですが、骨折を疑った際の1つのチェックすべき検査を解説したいと思います。
生化学検査でALPと表記されている「アルカリフォスターゼ」です。
アルカリフォスファターゼは、骨疾患を疑った際にチェックすべき項目で、もし、その患者が肝・胆道疾患を有しておらず、前述のような圧迫骨折を強く疑う場合に高値を示していれば、骨折の可能性を強く示唆します。
本症例の場合、既に圧迫骨折を有しているため、軽微の圧迫骨折増悪が存在していても、その判断は非常に難しくなります。
しかし、生化学検査でのALPの数値は、以前のデータでは、標準値を示していたものが、その後のデータでは、かなり高値を示していました。
よって、画像診断にて確定される前に、「積極的な運動療法の中止」となり、その後は「レントゲン撮影での経過観察」となりました。
その後は、比較的早く疼痛は消失し、画像上の異常もみられる事なく、運動療法を再開するに至ったと記憶しています。
事例①では、疼痛誘発を行うべきでない、という判断を行った場合の例を呈示しましたが、
ここからは、「とりあえず、疼痛誘発をする事が問題ない場合」を考えていきます。
スライドの上の二項目には引っ掛からず、疼痛誘発を行い、それを継続しても良い状態という判断が下っている状態から始めていきます。
まずは、疼痛の状態に関する臨床分類を簡単に解説し、その後に、構造障害の重要性の評価について解説していきます。
再現できた疼痛の状態についての臨床分類
これらは、徒手療法で用いられる学術用語ですが、この用語そのものには拘る必要はなく、
疼痛再現をした際に、その症状が「どう変化するか」をみようとしているという事を理解して頂ければ、良いかと思います。
この視点は、全て重要と思っていますが、ここでは、上の3つをとり上げて説明していきます。
(ここからのスライド3枚はイリタビリティー、センシティビティー、セビリティーの説明スライドです。)
「こういった状態(イリタビリティー、センシティビティー、セビリティーが陽性)でなければ、疼痛誘発を繰り返す事に大きな危険性はないですよ」という様に解釈します。
逆に、これらが陽性の場合は、これらを考慮した介入でいったん経過をみる事は許されますが、それでも一向に改善がみられない場合は、
レッドフラッグサイン陽性時と同様に考慮すべき疾患について精査する必要が出てきます。
では、これから、レッドフラッグサイン陰性の腰痛患者の疼痛誘発検査に進もうとしている段階での、症例を呈示していきたいと思いますが、少し長くなりましたので、ここで2部を終了します。
ここまでは、診断的トリアージの説明(特にレッドフラッグサインの説明)と徒手療法での「疼痛の状態の臨床分類」について解説させて頂きました。3部は、新たな事例を呈示して、「構造障害の重要性の評価」や「理学療法士が診断に関する知識を持つ必要がある」という事についてを説明していきたいと思います。