診断学とエビデンス

2.椎間板ヘルニア患者のリハビリ初回で考慮すべき事(診断に関する事)

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クリニカルリーズニングシリーズ8

理学療法士が必要になってくる診断に関する知識の例として、椎間板ヘルニアと診断されてリハビリ処方となった場合を挙げて解説します。

腰痛治療に関わる理学療法士が診断に関する知識を持たないといけない理由については、前回記事で解説させて頂きました。

本記事では、腰椎椎間板ヘルニアと診断されてリハビリ処方となった患者を例に、理学療法士が行う診断的行為について解説します。

※ 当クリニカルリーズニングシリーズを初めてお読みになられる方は「1.理学療法士と診断学」を先に読む事をお勧めします。当記事は、シリーズ初回記事からの続きとして制作しています。

 

腰椎椎間板ヘルニアの診断と理学療法士の判断

リハビリ処方が出た腰椎椎間板ヘルニア患者の中で、明らかな椎間板ヘルニアと言える場合と、典型的な椎間板ヘルニアの症状ではない患者では、理学療法士がそれ以降に行うクリニカルリーズニングは大きく変わってきます。

例えば、腰椎椎間板ヘルニアと診断され、手術の適応だが、保存療法を希望してリハビリ処方となった患者では、理学療法士が細かな機能障害の存在に着目して治療にあたる事は二の次で、まずは、医学的管理が優先されるはずです。

理学療法士ができる腰椎椎間板ヘルニアの医学的管理は、動作指導が中心になり、椎間板ヘルニアの存在を考慮した日常生活動作の指導や、いくつかの医学的な制限を行う必要が出てきます。

これらは全て、目先の痛みを軽減させようという安易な考えではなく、腰椎椎間板ヘルニアの悪化を防ぐ(手術の必要性をなくす)ための管理や介入です。

  • 腰椎の屈曲位を避ける
  • 腰椎の前湾が消失するような姿勢を避ける
  • 重い荷物の積み下ろしを避ける
  • 長時間の車の運転を避ける
  • その他、疼痛を誘発しそうな動作や姿勢を説明する(スランプ肢位や、SLR肢位をとらいないように説明)
  • 疼痛が強くないのであれば腰椎の前湾を促すようなエクササイズを治療に組み込む
  • すぐに治療者に伝えるべき症状についての事前説明を行う(膀胱直腸障害、麻痺の進行)

こういった事が考えられます。

これらが必要にも関わらず、これを疎かにして、何かしらの機能障害の改善を図るような治療プログラムを組み立てているのであれば、それは医学的管理とは程遠いものとなります。

例えば、多裂筋強化や腰椎安定化エクササイズなどです。

しかし、椎間板ヘルニアと処方されたが、典型的な椎間板ヘルニアとは程遠い症状を呈している場合は、その治療の方向性は、何かしらの機能障害に着目する事になります。

このような場合に、単純に腰椎椎間板ヘルニアに適切とされる医学的管理を行ったところで、症状が治療によって好転する事は考えられません。この場面が、理学療法士が好んで「機能的な腰痛」の治療にあたる場面です。例えば、

  • 筋・筋膜性腰痛に対する筋膜リリース系の治療
  • 過小運動性のみられる椎間への関節モビリゼーション系の治療
  • 腰椎の機能的な不安定性に着目した腰椎安定化エクササイズ

腰椎椎間板ヘルニアと処方はされたが、診断の位置付けとして、「単なる疼痛症候群」としての椎間板ヘルニア患者の場合は、治療の選択性は拡がり、いわゆる理学療法士の腕の見せ所となる場面です。

つまり、当シリーズ1作目で解説した「診断された過程」を考慮する事で、理学療法士がとるべき行動が決まってきます。

 

では、どのようにその分岐点となる判断を行うのでしょうか?

1つは医師が行った診断の過程をカルテ上から読み取る事で、もう1つは、医師が行う診断(理学検査)と同じように、初期評価を診断という目線で行うことです。

椎間板ヘルニアであれば、

  • SLRテストとその関連テスト(ブラガード、ラセーグ、ボウストリング、シカルなど)
  • 神経学的所見(筋力検査、感覚検査、反射検査)
  • MRIによる画像診断

これは、診断を覆そうとする行為ではなく、臨床所見との一致の程度を確認するためです。

理学療法士が診断という言葉を使用するのを嫌う方もいますので、これを「判断」という言葉に置き換えて説明している方もいますが、行っている行動は診断時に行う検査と同じものになりますので、当サイトでは、そのまま「診断」もしは「診断的行為」として表記します。

繰り返しになりますが、診断を覆そうとしているのではなく、診断名と臨床所見の一致の程度を見ています。

ここで、診断名と臨床所見が一致するのであれば、そこで行うべきは医学的管理です。その後に個々の理学療法士のアイディアやスキルを生かして、細かな視点で治療に当たるのは問題ないですが、まずやるべき医学的管理が疎かになっているなら大問題です。

もし、診断名と理学療法士の診断的行為による臨床所見との一致が見られない場合は、これは「単なる疼痛症候群」として、それ以降の治療を理学療法士に任されていると解釈する事ができます。

※ もちろん、主治医によって「そのつもり」があるかどうかは変わってきます。医師と理学療法士の連携が良くとれているのであれば、上記のような解釈になるはずです。

整形外科的テストや神経学的所見に関する知識と技術の習得について

養成校によっては、「診断に関連する検査を理学療法士があえて行う必要はなく、臨床ではほぼ用いない」と教えている学校もあるようですが、この視点に立って考えると大きな間違いです。

理学療法士も医師の診断と同じように、診断的行為が行えなければ、機能障害に対して理学療法士のアイディアを生かしたアプローチをしてはいけません。

また、鼻っから機能障害の存在のみを疑い評価と治療に当たっているのなら医学的管理の重要性を軽視してしまっているリーズニングエラーです。

ですので、理学療法士も診断に関するエビデンス、診断に関する技術と知識を有しておかなければいけません。

 

以下に腰椎椎間板ヘルニアの診断に関するエビデンスを簡単にまとめます。

整形外科テストに関する知識

坐骨神経痛の存在(感度95%)
→これが無い椎間板ヘルニア(と診断された)患者は、臨床的に重要な椎間板ヘルニアと考えにくくなる。
坐骨神経痛のない患者では、椎間板ヘルニアの可能性を0.1%と見積もる事ができる。

先行する腰痛と、下肢優位の症状(感度不明)
→基本的には、以前から軽微な腰痛を抱えていたが、実際に病院に来る必要になった理由はかなり強い下肢痛(坐骨神経痛)である場合が多い。
下肢痛よりも腰痛が気になっている椎間板ヘルニア(と診断された)患者は、臨床的に重要な椎間板ヘルニアではない。

SLRテスト陽性(感度80%、特異度40%)
→典型的なSLR陽性患者は30°〜60°で陽性となる。椎間板ヘルニアの8割を拾い上げる事ができるが、SLRテストが陽性でも2割の患者が偽陽性となる。SLRテストが陰性であれば、椎間板ヘルニアの可能性を大きく下げる。
→下位腰椎のヘルニアを疑う場合の検査として最も優れた検査方法となる。上位腰椎の診断に関しては統計学的にも解剖学的にもエビデンスはない。

クロスSLRテスト陽性(感度25%、特異度90%)
→症状側と反対側下肢にSLRテストを行い、症状側の疼痛誘発を行う事ができれば陽性。
この場合、椎間板ヘルニア患者だからといって陽性と出る保証はないが、これが陽性であれば椎間板ヘルニアの可能性を大きく高める。

大腿神経伸展テストFNST(感度・特異度不明)
→下位腰椎に対するSLRテストのように、診断に特化した検査ではないが、上位腰椎の神経根圧迫を抽出するための検査。エビデンスは無いが、下位腰椎に対するSLRと同じような位置付けで解釈する事が多い。

神経学的異常(神経学的検査)に関する知識

臨床的に重要な椎間板ヘルニアの98%がL4/5間または、L5/S1間に生じるとされている。それぞれL5とS1の神経根の運動および感覚の領域に神経学的な障害もたらすと考えられている。

最も一般的で重要とされている神経学的検査は、

  • 足関節や第1趾の背屈(L5)
  • アキレス腱反射の減弱(S1)
  • 足部の感覚鈍磨(L5とS1)

足関節背屈力低下は、ごく稀に単独で生じるが、臨床的に重要となる腰椎椎間板ヘルニア患者の場合は、ほぼ常に第1趾の背屈力低下・感覚障害あるいは腱反射異常を伴う。
→単独での背屈力低下を重要な所見とみる必要性はない。

足関節底屈力低下は、S1の機能を診るための検査であるが、重度の障害を有する場合にのみ検出可能性が上がる。
→明らかな低下がみられれば、重度の神経学的異常を考慮するが、低下がみられないからといって椎間板ヘルニアの可能性を大きく下げる事はない。

感覚検査は、足部で行い、温度覚や触覚よりも痛覚が重要となる。神経根圧迫による感覚障害は、近位よりも遠位が明確である。
→痛覚の方が、他の感覚よりも(患者が)容易に識別できる事に加え、デルマトームの重複が痛覚では少ないため、行う感覚検査は痛覚検査のみで十分である。逆に痛覚を検査していないのなら不十分な感覚検査と言える。

→足部の感覚検査のみで十分で、下腿部まで検査に入れる必要性はあまりない。足部の感覚異常がなければ、感覚障害はないと判断する事ができる。

椎間板ヘルニアの診断に対する神経学的所見の正確性は中等度とされているが、アキレス腱反射の減弱や足の背屈力低下は、外科的に証明される椎間板ヘルニア患者の検出に対して90%であるため、所見の組み合わせで診断的行為に役に立つ。
→SLRテストと神経学的異常に関する所見がみられる場合は、手術を考慮して良い椎間板ヘルニアと言える。

ざっと、並べましたが、こういった領域の事が苦手な方にとっては少し読みにくく、また解釈もしずらかったかもしれません。

しかし、椎間板ヘルニアと診断されて、それでも何ら診断的検査行わない場合は、主治医に適宜コンタクトをとって、理学療法士のアイディアで(機能障害に着目して)治療に当たって良いのかを確認しなければ、行おうとしている治療が「危険な行為」もしくは「見当違いの行為」となるかもしれません。

理学療法士が、機能的な治療に当たるのであれば、主治医との連携を密にするか、理学療法士自身が診断的行為を行う事によって、医師の診断の過程を読み取る必要があります。

これができて初めて、安定化エクササイズを考慮したり、筋膜リリースや関節モビリゼーションを用いた徒手療法を行うスタート段階に立つ事ができます。

 

その他に診断に関わる事

腰椎椎間板ヘルニアが、腰痛・下肢痛の原因であると最も容易に診断できるのは、椎間板造影です。

該当する椎間板内に造影剤と局所麻酔剤を注入し、注入の際に、日常的に感じている腰痛と下肢痛の再現(ペインレスポンス)ができ、その後のブロック効果で、局所麻酔が効いている時間のみ症状の寛解がみられれば、「造影剤と局所麻酔剤を注入した、そこが原因である」という間違いの無い診断ができます。

もちろん、造営された椎間板・椎間板ヘルニアと神経根のCT画像も加味する事ができます。

腰椎椎間板ヘルニアと診断されてリハビリ処方が出た患者に対して、理学療法士の診断的行為によって特定の椎間を疑う事ができたなら、これを主治医へフィードバックし、椎間板造影を行ってもらう事もできます。

それで上記の事が再現できたなら、椎間板ヘルニアの医学的管理を徹底すべき患者であり、それが否定されたなら、機能的な問題によって症状を呈していると判断する事ができます。

こういった事は、医師と理学療法士の連携が円滑にとれていなけば難しい事と、そういった環境に置かれていなければ難しい事ですので、日々の臨床でここまで行う事ほぼ難しいと思いますが、この方法が唯一の椎間板ヘルニアの確定診断になるという事を忘れずに、理学所見の解釈をするべき(常に否定される可能性があるもの)だと思っています。

 

最後に

状況によっては、手術適応の椎間板ヘルニアを考慮しながら、機能障害による腰痛・下肢痛の存在を疑い、試験的な治療を試みながら診療にあたる場合もあるかと思います。こういった状況では、常に診断的目線と、機能障害に着目した視点を持ち合わせながら診療にあたる必要性が出てきます。

以上が、椎間板ヘルニアと診断されてリハビリ処方となった患者の場合の、理学療法士がとるべき診断的行為に関する解説です。

最後までん読んで頂きありがとうございました。

次の記事→ 3.エビデンスの重要性やその使用場面を考えてみる。

 

 

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