ナラティブリーズニング(物語推論)

7.ナラティブとユーティライゼーション

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クリニカルリーズニングシリーズ7

ナラティブとは、「物語」と和訳されています。意味合い的には、「ある真実に対してその人それぞれに解釈の仕方がある。」と以前の記事で説明させて頂きました。

今回新たに出てきた「ユーティライゼーション」とは、治療者側のスタンスのことで、治療に利用できるものは、何でも治療の道具にしようというものです。

理学療法士や作業療法士の臨床で、ナラティブリーズニングを行うだったり、ナラティブを意識した介入をすすめていく上でユーティライゼーションを意識できるかで、介入の幅が広がります。このユーティライゼーションについて解説していきます。

 

ユーティライゼーション

治療介入時に利用しようとするものは、患者それぞれが持っているナラティブでもありますが、「地域」や、「環境」などといったその人とセラピストを取り巻くもの全てを含めます。

例えば、

人の為に何かやってあげたいという親切な思いを持っている人が、何らかの理由で家に塞ぎ込んでしまっているなら、

家に塞ぎこんでいる事が誰の為にもならず、
家から出る事が誰かの助けになる。という状況を作り出そうとする事が、

その人の信念や価値というものを治療に活用しようとするユーティライゼーションの一例です。

その人自身が持っている信念や価値を有効に活用する事で、セラピストが下手に説得する必要はなくなり、この状況(信念や価値を刺激する状況)を作り出す事ができれば、その人自身の決断で塞ぎ込むのを止めてしまいます。

例えば、治療のために通院する必要があるのに、なかなか病院へ来ないという状況の場合を考えてみると、

別の人(Bさん)がいて、Bさんが通院するためには、その人が連れて来ないといけないという状況を作り出す事ができれば、その人を説得する事なく通院するようになります。

その人は、誰かに親切にしようと自然にとっただけの行動が家に塞ぎ込むのやめることになったり、治療に通う理由になったりするのです。

 

このユーティライゼーションという考え方の対象は、その人に対するものだけではなく、地域や環境においても同様に考える事ができます。

ユーティライゼーションの考え方では、患者とセラピストの治療関係を取り巻く全てを治療に活用できるものと考えます。

その中の一例として、地域の図書館は、その地域の方なら無料で利用できる、重要な資源です。

なかなか有料サービスを勧めるわけにいきませんので、セラピスト側から「●●を利用してみたら?」という提案に用いやすい、公共の無料サービスを多く知っているセラピストは治療に使える資源が他のセラピストよりも多くあると言えます。

あまりにもセラピストに依存して、他力本願となってしまっていたら、自主訓練を自身で考えてもらうという課題を与えます。そして、そのヒントになる情報そのものも患者自身で探して頂きます。そのような時に地域の図書館にある健康関連の本がある事を伝える事ができます。

もちろん、自主訓練を考える理由を誰かの為になるような状況に置く事ができれば、この課題は、その人にとって達成しやすい課題となります。

リハビリでの治療関係が終結を迎える前に、今後の運動量を持続させれるか心配であれば、地域で取り組まれている体操教室への参加を提案する事もできます。

私自身は、過度な収益目的でない有料サービスでしたら、同様にセラピスト側から提案できるものと思っています。

 

全てが治療に有効利用できるもの:ユーティライゼーション

本人の信念や信条といったものも利用するし、上記のような地域特有の何かしらの行事や施設なども治療に組み込める資源として利用できるものと考えます。ネットに載っている情報も有益な治療の道具になるかもしれません。

先ほどの例では、親切にする事が好きな人の場合はそれを理由に家に塞ぎ込むのを止めさせるし、仮に人に意地悪する癖を持っている人であれば、それを利用して家に塞ぎ込むのを止めさせる事ができるかもしれません。

長い闘病期間があったり、予後不良の疾患を患っていたり、なかなか改善しない痛みを持つ慢性腰痛患者が、自分の置かれている状況や、自分の身体の事を最悪の状態だと思い込んでしまっていて、悲観的になっているなら、どのように前向きな人生に変換させてあげられるでしょうか?

励ますのも、慰めるのも1つの方法ですが、私の経験上では、この2つの行為はあまり有効な方法ではありません。

本人が前向きになりたいと思っていない状況で、励まされても、「この人はなんで私を理解してくれないんだ」と逆効果になる危険性が潜んでいますし、

慰めが、余計にその人をさらに落ちまこせたりしてしまいます。

ここで重要な事は、本人が前向きになりたいと思える状況をどう作り出せるかです。

 

ここでユーティライゼーションという考え方が生きてきます。

この人の人生観を刺激するような音楽を知っているセラピストはそれを提供できるし、その人が歩んできた人生と似た境遇で今は成功している有名人の話、もしくはそういった主人公がテーマになっている映画などを知っているセラピストは、これが治療を進展させる事ができる道具になりえます。

こういった、医学的知識に限定されない情報をどれくらい知っているか、そして、それを自身の臨床に繋ぎ合わせられるか、これが、治療とは技術的作業の繰り返しではないと言われる所以だと思います。

あまりにも自分の状態を最悪の状態だと思い込んでいて、周りを羨ましくばかり思ってしまって、前向きな人生を歩めていない患者がいるなら、

「人は何故か、自分の価値を下げて、周りに比べて劣っている、という心理になってしまいやすいらしいですよ。」

「なかなか自分の長所に目を向けるのって、難しですよね。」

と話した上で、「面白い動画があるよ」と、下のYouTube動画を教えてあげたとします。

もし、その人がこの動画を見たらどう思うでしょうか?

結局のところでは、セラピストがここをコントロールはできません。でも、

直接的に「あなたは大丈夫です。問題ないですよ。悲観的になるのはやめましょう。」と話す場合よりも、その人が前向きになる刺激になる可能性を秘めています。

このやり方は、受け手に余計な抵抗を生ませません。もちろん動画を提供する前に言った事もです。

何故なら、その人に限定して話していないからという事と、一般的に当てはまりそうな事だからです。

あなたは悲観的になっている」

ではなく、

人は悲観的になりやすい」

と言っているだけなので、抵抗(否定)のしようがありません。

そして、

語尾に気を付けてほしいのですが、

「なっている

ではなく

「なってしまいやすい

と言っています。

「●●してしまう」

という表現は、間違っているとわかっている時に使います。この言い方は、「悲観的になりやすい」という事と同時に「それは間違っている」という事も暗に伝えています。

この説明に抵抗する事はかなり難しいので、変に抵抗する事なく聞き入れる事になります。

これは、「人は悲観的になる間違いを犯しやすい」という説明を受け入れたと考える事ができます。

そして、「一般論として当てはまるのだから、あなたにも言える事ですよ。」と間接的なメッセージを伝えています。

その状況で、あの動画を見て、もし感動が生まれるなら、それは本人に大きな刺激を与える事ができます。

「私は、自分の身体の悪いところばかりに目を向けていたかも…」

「もっと前向きに受け止めて、今できる事に取り組みたい。」

と思えるような刺激になるかもしれません。

 

先ほどあげたような、人の為になりたいという信念を持っている人だったら、その先の取り組みにも生かせるはずです。

「私は、自分の身体の悪いところばかりに目を向けていたかも…もっと前向きに受け止めて、今できる事に取り組みたい。」と患者自身の気持ちが動き出しているとしたら、

セラピスト側から「●●に取り組んでみて、そして、あなたは、あなたと同じような悩みを抱えている人の見本になるべきです。」

と話ます。そして、

「周りの見本になれるように、これから一緒に取り組みませんか?」

と提案することができます。

もし、単純に、

「あなたは、頑張らないといけない」
「あなたは、治療を受けないといけない」
「あなたは治療に積極的にならないといけない」
「落ち込んでも仕方がない。前向きに取り組まないといけない。」

と言われても、

「そんな事言われなくても分かっている。だけど、年下に言われたくないし、何より私は辛い状況なの。あなたは私がどれだけ辛いか理解していないの?」

という余計な抵抗を生み出してしまいます。

 

最後に

ここで、説明してきたセラピスト側からの働きかけは、セラピストの思惑通りに患者をコントロールしようとする意味で言っているのではありませんし、それは無理です。こういった刺激に反応するかしないかは、結局のところは患者自身の意志によるところです。

しかし、これらの刺激が患者にマッチしているなら、たった一回で激変しなくても、こういった刺激をいくつか繰り返すと状況は好転してきます。

あくまでも、患者自身がそこを望んでいて(無意識的にでも)、でもなかなか前へ踏み出せないというものを、少し前へ進みやすくなるであろう刺激を与え続けるだけです。

好転するまで待ちながらも、ただ単に受動的に待つのではなく、患者にとって有益となるであろう刺激をセラピストが与え続ける事で止まりかけていた時間が再び動き出すと感じています。

何でも治療に利用するという考えは、自身のクリニカルリーズニングの幅を大きく広げてくれます。そして、ナラティブとユーティライゼーションを意識する事で、その人に合ったものを上手く利用しながら、治療を進展させられると思います。

最後まで読んで頂きありがとうございます。

次のシリーズは。。。

クリニカルリーズニングシリーズ8
「診断学とエビデンス」

内容
「なぜ療法士も診断に関する事について学ばなければいけないのか」についてや、療法士が知っておくべき「診断」に関する知識や考え方についてを解説しています。検査の感度や特異度、腰痛の診断に関するエビデンスなどを紹介しています。

 

 

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