このシリーズは、学生向け、もしくは実習指導経験の浅い理学療法士向けに、クリニカルリーズニングシリーズと並行して作成しています。
クリニカルリーズニングシリーズはこちらから。
今回の記事は、ショートリーズニングを用いて指導した「実際のやりとり」を元にブログ用に作成されたものです。個人情報や、検査データなどは修正を加えています。
男性70歳代
疾患:頸髄症(術後)
主訴:「肩が上がらない」
経過:手術をして1ヶ月くらいしてから肩が上がらなくなった。
課題として「まずは患者の言う、肩が上がらないという状態がどういう状態かを検査・測定して、他の人がみてもわかるように記録を取ってください。」と伝えました。
ここでのクリニカルクエスチョンは「患者の肩が上がらないとはどういう事か?」です。
肩が挙がらないという状態の原因についてすぐに仮説生成を行ってしまいやすいですが、肩が挙がらないという状態がどういう状態なのかが現時点では不明確です。まず、ここが曖昧では、それ以降の検査計画は立てれません。
実習生は、患者に対して、実際に肩が上がらないと言っている状態を見せてもらう事にしました。
動作:右肩屈曲90°までアクティブ、それ以上挙げれない状態を見せた後、左手で右上腕部を支えるようにして肩140°程度まで屈曲してみせました。
一応は、最低限の「肩が上がらない」という状態を把握できました。
これを関節可動域検査とした場合、右肩自動運動屈曲90°という事がわかりました。
すると新たなクリニカルクエスチョンが生まれます。
「外転はどうだろう?伸展(後挙)は?」など肩を挙げるという動作は、これだけではありませんので、類似するものを新たに確認しておく必要があります。
すると右肩外転70°、それから体幹の左側屈と右
肩甲帯挙上という代償動作がみられました。
右肩伸展については、特に問題なく行う事ができました。
自動運動で行っている最中に、「痛みますか?、痛みのせいで挙げられないですか?」と確認をとっていました。
また、学生が肩屈曲をガイドするように、他動運動による肩屈曲を行いました。
質問・検査の結果は、「痛くて挙がらないわけではない」、「他動運動での肩屈曲は160°」です。
そこからさらに、クリニカルクエスチョンが生まれました。「肩を挙げるという動作以外に肩に問題はないのか?」です。
そこで、肩内外旋をみる事にしました。外旋は0°で内旋は問題なく行えました。
これで、一応、肩の状態を、座位での自動運動による検査で、「患者の言う肩が上がらないという状態とは?」とその関連するクリニカルクエスチョンに対する答えを出す事ができました。
そして、その結果を「肩屈曲・外転・外旋の自動運動に問題」があり、「痛みの関与はない」と価値付ける事ができました。
ここでのアセスメントが、変に仮説を立てる事ではなく、最初のクリニカルクエスチョンである「患者のいう肩が上がらない状態とは?」に答える検査結果です。
今回は、ここで終わりましたが、「その肩が上がらない状態は姿勢に影響を受けるのでは?」というクエスチョンクエスチョンが生まれれば、あらゆる姿勢で、同様の運動方向について検査する事となります。
新たな関連するクリニカルクエスチョンを自身で生成できない学生の場合は、理学療法士の方で学生に問いかける必要が出てきます。
ここからは、新たなクリニカルクエスチョンで、「肩が何故上がらないのか?」という原因に関する疑問です。
そこで、実習生に何故肩が上がらないと思うか?と尋ねました。返答は、「腱板損傷ですか?」でした。
腱板損傷というのであれば、それを証明するものが必要です。上記の所見だけで判断するのは、実証所見の一部のみを採用し、反証所見の有無を考慮していないリーズニングエラーの一つとなります。
この場面で次にやらないといけない事は、いくつかの仮説を立てる事です。自身の仮説が一つしか出ない場合は、それを判断するための検査は必要なくなってしまいます。
何故なら、これ以降の検査は、どの仮説を採用するのかの判断のための検査になるので、競合する仮説がないのであれば、検査を行っても行わなくても、結局、実証所見の一部のみから浮かび上がった「腱板損傷」という事になるからです。
実証所見の数を増やす事も必要ですが、腱板損傷かもと強く思った時点で、実証所見の重要性はあまり高くありません。
何故なら、どれだけ実証所見を増やしても、「やっぱり腱板損傷だ。」となり、さらなる実証所見が得られなくても、「それでもやっぱり腱板損傷だと思う。」という事になり、判断に関わる検査項目にはなっていません。
ですので、「腱板損傷である」という事を確からしくするためには、競合する仮説を否定する事が重要となります。
もし少ない仮説しか立てられなければ、それ以降は自分の頭の中で一生懸命考えても何も進みません。
ですので、ここでやるべき課題は、整形外科のテキストや運動学のテキストを読む事です。
「肩が上がらない」という状態を作り出すような病気にはどのようなものがあるのか?が今から実習生が取り組む課題です。
これについて疾患で考えた場合は、「どうやって探すのか」、という事が重要になるのですが、診断学におけるキーワードで①症状、②年齢・性別、その他の個人的な特徴、③発症の経過というものがあります。
例えば、「肩が挙がらない」という患者が二人いて、患者Aは18歳男性、患者Bは80代女性であった場合に、その症状を聞いた理学療法士は同じような原因の仮説を立てるでしょうか?
そして、昨日から肩が挙がらなくなった患者Cと、2年前から徐々に挙がらなくなったという患者Dについても、それを聞いた理学療法士は同じような原因の仮説を立てるでしょうか?
なんとなく常識的に考えて、上記の違いによって立てる仮説も異なりそうである事は、理解できると思います。
今回の患者の場合は、以下をヒントに関連しそうなものをピックアップしていきます。
①肩が上がらなくなるような病気
②70代男性がかかりやすい病気
③手術から1ヶ月後(頸部)に上がらなくなる病気
こういった事について逆引きするように学習する必要があります。また、選択するテキストの種類も、疾患が一つ一つ丁寧に記載されているものよりも、症状や、原因となりえるものがグループ化されて調べやすいものを選択する方が効率が良いです。
ここでの課題は、自分自身が日頃、学院で学んできた知識がもととなって出てきた「一つの仮説」と競合する、「良質の副仮説」には何があるかを学ぶ事だと思っています。
こういった刺激を指導者側から入れる事ができれば、テスト対策のような勉強ではなく、臨床場面を意識して「どういった学習をすればいいのか?」「どういった知識が自分自身を助けてくれるのか?」を意識して学習するようになると感じます。
今回の記事のまとめです。
- 現状を表現するための適切な検査を選択する
- その原因に対する仮説を生成
- 主仮説と競合する副仮説を調べる
(ポイントは、①症状、②年齢・性別、その他の個人的な特徴、③発症の経過)
そして、最後に、今回の取り組みの流れを学生自身に理解してもらい、色んな場面で思考過程は類似しているので、今の場面以外でもこのような考え方で思考を展開する事ができないかを学生自身で考えてもらいます。
理学療法士が治療対象・リハビリの対象とする「機能的な問題」を考える場合も、思考過程は類似しています。ただし、診断学のように確立されている領域ではないので、テキストに戻って学習しようとした時に少々混乱しやすいのかなと思っています。
ですので、私自身の学生とのやりとりとしては、初期の段階では、答え合わせのしやすい構造障害や疾病に関わるものから入っていき、思考の流れを整理できた段階で、同様の事を機能的な問題に置き換えて指導する事が多いです。
私自身も、実際にこのような形で指導を受けてきました。自分なりの解釈が加わっている部分は多々ありますが、上記の流れで自己学習を促されていたと記憶しています。その時の実習はとても充実しており、その後の学院に戻ってからの自己学習も、実習前とは違い勉強する事が凄く楽しくなりました。
また、最初は何も思わずただ見ているだけの治療見学も、次から次へとクリニカルクエスチョンが出てくるようになったのも覚えています。
今回の記事は、学生に対してというよりは、実習指導経験の浅い理学療法士の先生や、クリニカルクラークシップにおける指導がよくわからないという方向けに、一例として作成されています。
クリニカルクラークシップが、担当理学療法士の外見上の真似事のような指導が行われる事がありますが、理学療法士の内部で起こっている推論過程や検証作業の手順を学ぶ必要があると思っています。
ちなみに、上記の推論様式は、このブログサイトを以前からご覧頂いている方は、既にお気付きだと思いますが、4つの推論様式の「仮説演繹法」にあたります。(クリニカルリーズニングシリーズ2 代表的な4つの推論様式(まとめ))
(注意:あくまでも一例で、クリニカルクラークシップのマニュアル本などを参考に記事を書いているわけではありません。また、私が学生の頃に受けた指導が記事の基盤になっていますが、私が実習を受けている時は、クリニカルクラークシップという言葉は一般的でありませんので、その点もご理解頂きたいと思います。)
本記事のショートリーズニングによる実習指導の一例は、以上になります。テキストから副仮説を学んだ後の続き(肩が挙がらない理由は「腱板損傷・断裂」ではありません)もあるのですが、文字にすると複雑になってしまったので保留にしています。読みやすい記事にする事ができれば、投稿するつもりですが、現時点では未定です。
最後まで読んで頂きありがとうございました。